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目が覚めた時、露斗宮は自分が柔らかなベッドの上に仰向けに寝かされているとばかり思い込んでいた。
しかし布の感触とは違い、どこかこそばゆく不思議な香りのする場所に、彼は朦朧とする頭を抱えながら上半身を起こした。
そこは草原だった。
鮮やかな緑、町の中では決して見ることのできない新鮮な緑に満ちた草原。どこからか優しい風が吹き、彼の髪をふわりと舞い上がらせた。
人生で初めて見る光景に、彼は言葉を失っていた。それは彼の理想の場所であり、何年も望んでいた桃源郷なのだ。
風に招かれるように顔を上げる。そこに広がっているのは空だった。
雲があって、その上には無限に広がる美しい「空」が。霧落町では決して見ることのできなかった空があった。
露斗宮は自然と笑っていた。足元でそよぐ草に、どこまでも広がる空。それこそ正に彼の中の自由の象徴であったからだ。
目一杯に空気を吸い込む。喉が痛むことはなかった。気付けば両足が地面を蹴って走り出し、草を散らしながらっ心地良い風を感じながら先へ先へと進み始めていた。
自然と足が浮き、疲れることもなかった。暑くも寒くもなく、いつまでも駆けていられる気分であった。
「…これは…?」
不意に立ち止まる。足元に感じた違和感に下を向けば、そこには見たこともない花々が咲き誇っていた。
色とりどりの花。くすんだ色ばかりの世界では見ることのできなかった鮮やかな色が視界に飛び込んでくる。その色全てを認識するには脳が追い付いていなかった。だが、その色たちが美しく神々しいことだけは理解していた。
そして露斗宮の脳が最終的に出した結論は一つ、これが古村の言っていた「アネモネの花畑」だということだった。
「これが…アネモネ?」
その場に座り、目の前に咲く一輪の花を見る。中心から大きく広がった花弁。根元から大きく広がるその様はまるで翼のようであった。
そっと花に触れる。柔らかく、まるで羽毛のようだった。上質なシルクのように肌触りが良く、風に揺れるカラフルな花はまるで生きているようだった。
踊る花たちに囲まれながら、露斗宮はそっと立ち上がる。
ふと風上に人の気配を感じ、顔を上げた。そこに佇んでいる人影は見知った人物であった。
「古村くん…?」
見慣れた茶色の髪、黒い学ラン姿。アネモネたちに囲まれた凛々しい後ろ姿。
とてつもなく懐かしく感じた彼の背に、露斗宮はハッとしたように目を見開く。
そうか、自分は町から抜け出し古村と共にこのアネモネ畑へとやって来たのか…。そう感じ始めていた。
あの悪夢のような日々は過ぎ去り、ようやく自由を手に入れることができたのだと。信じてやまなかった。
露斗宮は彼の元へそっと近づいた。そして嬉々として声を上げた。
「古村くん…!僕たちやっと町の外へ出られたんだね…!」
一歩、また一歩と確実に距離を縮めてゆく。古村の後ろ姿は風に髪を靡かせるだけで、振り向く気配もなかった。
足が土を踏む感触と、太陽の光が当たる温かな肌の熱を感じながら進む。
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