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遠くの煙突から黒い煙が立ち込める。
薄暗い曇り空を見上げれば何本もの長い煙突が空高くに伸びているのがよく見える。朝だというのに全く明るくない町中は、異様な雰囲気を醸し出していた。
霧落町、またの名を堕落した町。
町一帯に工場が羅列し、日々絶えずに異臭のする煙を放出していた。こんな町だから住んでいる人々もひねくれた者ばかりである。無法者ばかりのこの町では日々犯罪が絶えることはなく、弱い者たちは町を脱出するか、金がなければ恐怖で震える身体を丸め耐え忍ぶしかなかった。
そんな町の薄汚れたアスファルトの上を一人の少年が力ない足取りで歩いていた。高い塀に手を当て、学生帽を深々と被り、項垂れながら歩いている。
塀から手を離したその少年、露斗宮は、学生帽を被り直すと先ほどよりも早歩きで足を進めた。
露斗宮はこの町に住むごく普通の少年である。良く言えば整った顔立ちの美少年、悪く言えば力のない貧弱な男である。親兄弟のいない彼は仕事で家に居ることはほとんどない叔父と、この町で暮らすしかなかった。新鮮ではない代わりに食料や物価は安く、あまり綺麗とは言えない家屋は家賃も安いので、金の無い露斗宮家にとってこの町は唯一の居場所だったのだ。
だがそれと同時に、二度と出ることはできない檻でもあったのだ。
そんな檻の中の更に奥深く、露斗宮の通う霧落中学校はまさに地獄のような場所だった。不良という言葉では足りぬほどに凶暴な生徒達が大半を占めており、その他の生徒は負け組だった。
霧落中は男子生徒のみの学校であり、周囲一帯には女が一人もいない。凶暴で外道な無法者である男子生徒達の絶えない暴行事件により、数年前から完全な男子中学校と化していたのだ。
女子生徒とその家族は学区外の町外れへと引っ越し、隣町の綺麗な学校へと我が娘を通わせている。
当時の教師たちはさぞ安心しただろう。
女さえいなければ、彼らの飛びつくものはもうないと。
そう確信していたのだった。
だがしかし、自分自身で慰めることでは満足できぬ彼らの次の標的は、女々しい少年達だった。
思春期を迎えたばかりの少年でさえも堕落し、淫行に溺れてゆく。
だからこの町は恐ろしいのだ。
標的となった生徒たちの運命は悲惨なものがほとんどだった。度重なる暴力や淫行に耐えられず自決する者、自主退学する者、挙句の果てには殺されてしまう者も少なくはなかった。
さて、露斗宮は先程も言ったように顔の整った美少年である。
標的にされないわけもなく、彼は今日も重い足を引きずりながら学校へ向かう。
それは自分を育ててくれる叔父のためか、それとも自分の将来のためか。
いつの間にか校門の前まで辿り着いていた露斗宮は、一度足を止める。
どこからかガラスの割れる音が聞こえる、生徒のものであろう絶叫も聞こえる。
露斗宮は恐怖に震える唇を噛みしめながら足元を見る。
枯れ葉が彼の足を止めるように吹き荒れる。
それでも彼は、一歩また一歩と地獄へ進むのだ。
この学校を卒業するために。
いつかこの曇天の地獄を抜け出して、澄み切った世界へ行くために。
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