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「大丈夫ですよ。きっと彼なら、私の考えを理解してくれますから。」
やがて四人の元へ何十人もの足音が近づいてくる。先ほどまで露斗宮を追っていた人間たちだ。
皆どこか焦点の合わない視線に、ぼんやりとした面持ちだった。彼らは聖太郎たちの周りを囲むように並ぶと、固いアスファルトの上に深々と膝をついた。
「天使様、目的は果たしました。どうか我々に報酬をお与えください。」
「お願いします。ひとつまみで良いんです。アレがないと、私たちは幸せになれないんです。」
老若男女問わず、彼らは聖太郎に向かって懇願を始めた。
或る者は地面に頭をつけ、或る者は縋るように天に向かって手を合わせている。しかし聖太郎は相変わらずの笑顔で、彼らを見下ろしているだけだった。
すると辺りに豪快な笑い声が響く。
「おいおい、何言ってんだお前ら。コイツを捕まえたのは生徒会長だろ?報酬は無しだ。」
人々の懇願は勢いを増す。支離滅裂な言葉を叫ぶ男や、頭を抱え蹲る老人。
四人を囲む人間たちの姿はまるで狂信者そのものであった。彼らの姿に成川は目を背け、蓑輪は更に大きな声で嘲笑する。
辺りは叫び声や泣き声、笑い声の響く地獄のような光景へと変貌していた。
「仕方ないですね…。」
見兼ねたかのように息を吐き、聖太郎は学ランのポケットから透明の小さな袋を取り出した。中には少量ではあるが、純白の粉末が入っている。
その粉末を見た瞬間、周りを取り囲む人々は叫びにも似た歓声を上げた。
そして餌を待つ犬のように跪き、聖太郎が高々と挙げた手に自身の手を伸ばし始めた。
「生憎ですが、手元にはこれしかありません。仲良く分け与えてください。」
縋りつく群衆たちに向かって高らかに挙げた右手。その手に握られた小袋を、聖太郎は遠方へと放り投げた。
途端に群がっていた人々は彼らの元から袋が投げられた方角へと駆けてゆく。まるで玩具を取りに行く犬のように一直線に、互いを押し退けながら散り散りになってゆく様を聖太郎は微笑ましく見つめていた。
やがて袋を手にした者を殴り、蹴落とし始める。遠巻きに見てもわかるほど醜い奪い合いが始まっていた。
「派手にやられたなぁ榊原。ひでぇツラだぜ?」
彼の後方に佇む三人は、群衆には目もくれず話し込んでいた。ハンカチで右目を押さえる榊原の様子に、蓑輪は深刻そうだがどこか小馬鹿にした様子で見下ろしていた。
しかし榊原は何も反応することなく、ただ項垂れているだけだった。
「蓑輪さん、彼をお願いします。」
そこへ露斗宮を抱えた聖太郎が割って入る。そして蓑輪へ露斗宮を預けると、両手を榊原の頬へと当てがった。
温かな彼の手に、榊原は微かに瞼を動かす。明らかに衰弱していた彼の様子に、聖太郎は眉を顰めた。そして顔を上げた榊原の右目に、布を被せるように優しく触れた。
「あぁ、可哀想に…。瞳が潰れている。」
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