告解

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 目を覚ました樋口が最初に目にしたのは、自身を囲む四人の人間の鋭い視線だった。 手は背後に置かれた机の脚に頑丈に結ばれ、視線から逃れるために後退ることさえも不可能であった。 血の滲む布を肩に当てがった古村が、怯える彼に向けて口を開く。 「呑気に眠っている暇はないよ樋口くん。今から話すことは君にも聞いてもらう。」 「え…えっ…?」  壊れた機械のように単調な言葉を繰り返す樋口に構わず、古村は楽譜の並ぶ黒板の前へ立つと、目先にいる四人を見つめた。 深刻そうに歪んだ顔の成川に、静かに見守るような眼差しの佐倉。 そして彼らの傍らで眉間に皺を寄せる雛杉。始めに口を開いたのは彼だった。 「…待って。一体どういうこと?君は誰なの…?」  その場にいる全員の中で最も状況を把握できていないのは間違いなく彼だった。 彼にとって古村はただ負傷した美少年であり、それ以上の情報は持ち合わせていなかった。 傷と血で汚れ、それでも尚秀麗な佇まいを見せる彼を見つめ、雛杉は問いかける。 「…僕は古村…いや、本当は古村じゃない。」  古村は彼の問いに簡易的に答えた後、成川へと視線を移す。 「君たち三人に聞かなきゃいけないことがある。でもまずは成川くん、今日のことを説明してくれないかな?」  全員の視線が成川へと集中する。 彼は注目の中で静かに唇を引き攣らせ、目を細めていた。 「どうして僕と佐倉くんを襲ったの?」  突き刺さるような視線と、冷たく淡々としたその言葉に、成川はしばらくの間口を噤んでいた。 古村、佐倉、樋口の視線。そして何よりも疑念を含んだ雛杉の視線は耐え難いものであった。 実際は羽根よりも軽い自身の唇が、鉛のように重く感じて堪らなかった。 話さなくてはならないと意を決し開いても尚、その声はまるで絞り出したかのように抑揚のないものであった。 「…俺は生徒会長に提案した…。強引だが、全てを解決する最終手段として、お前ら二人の抹殺と露斗宮の誘拐を同時に実行することを…。」  彼がそこまで語った時、佐倉は思わず彼の学ランの襟を掴み上げていた。 小さな呻きと布の摩れる音、そして佐倉の低く重い声が響く。 「待て、なんつった?誘拐…?」  誘拐。その言葉に強く反応したのは佐倉だけではなかった。 「…じゃあ今、露斗宮くんは…。」  声色こそ冷静だが、より深刻な顔つきとなった古村が呟く。 曖昧な問いだったが、成川は何も言わずに頷いた。 その態度が気に食わなかったのか、佐倉は襟を握る拳に力を込めた。 「お前…あのイカれた基地外共に露斗宮を攫わせたのか…!?おい…!何か言えよ!どうなんだ!」 「…あぁ、誘拐は成功した…。」  やっと絞り出したその声で告げられた言葉に、佐倉はもう片方の拳にも力を込めていた。 今にも殴りかかりそうな憤怒の気配に、成川は耐えるように唇を固く結ぶ。
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