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「…ふざけんじゃねぇぞ、お前ら…。大体、なんで俺たちに関わるんだよ!?お前らに恨まれるようなことしたか…!?殺されるほど悪いことしたかよ…!」
怒りに強まる口調は、やがて嘆くように悲痛で細々としたものへと変わっていた。
呆れにも似た感情に苛まれていた佐倉は、掴んでいた襟元を離し大きなため息をついた。
憤怒、落胆、苦悩を吐き出すかのように彼は何度も深呼吸を繰り返す。
「…助けに行く。良いだろ?転入生。今すぐにでも行くぞ…!」
「待って、佐倉くん。まだ無防備すぎる。君も僕も怪我をしているんだ。」
途切れ途切れにそう呟く彼を、古村は冷静な口調で制止する。
しかし彼の勢いが止まることはなかった。
「そんなこと言ってる場合かよ!殺されたらどうする…!?お前だってあいつが大切なんだろ!?だったら…」
「殺されることはない。それは俺が保証する。」
佐倉の怒号を遮るように成川がそう告げる。皆の視線が再び彼へと向けられた。
「…あいつは殺されない…。生徒会長が殺さないと言った、だから絶対だ…。」
「……君は、生徒会長の言葉を信じているの?」
古村のその言葉に、成川は声を詰まらせる。
肯定も否定もできなかった。それは頷けば生徒会への忠誠心を証明することになり、首を振れば聖太郎の言葉の真義を疑われることがわかっていたからだった。
何も言えないままの彼に、俯いていた佐倉が小声で呟く。
「……信じられねぇ…。」
怒りと落胆の視線が成川を睨みつける。
「こんな卑怯な奴の言葉信じられるかよ…!俺を撃ち殺そうとしただけならまだしも、人の善意を利用して不意打ち食らわせたんだぞ?それだけじゃねぇ、雛杉まで殺そうとした…!」
バンッ、と大きな音が鳴り、続いて樋口の小さな悲鳴が響く。彼が括りつけられていた机へ、佐倉が拳を突き下ろした音だった。
彼は骨にまで伝わる痛みに歯を食いしばり、尚も怒りに震えている。
そうして険しい顔で睨み合う彼らの間を、不意にひらりと長い黒髪が遮った。
「どういうこと…?」
スカートを揺らし足を止めた雛杉は、目の前の成川を訝しげに見つめる。
その姿に成川は初めて佐倉と対峙した日のことを思い出した。
叩かれた頬の痛みが蘇り、鼓動が早まってゆくのが嫌でもわかった。
「…雛杉…。」
不信感を募らせた瞳で見つめる雛杉に、彼は思わず顔を逸らしてしまう。
「僕を殺す…?それ本当なの?それもあいつの命令?君はまたあいつに従うつもりなの?操り人形みたいに…。」
雛杉の背に遮られた佐倉は、彼の小さくも逞しい背中を見ながら固まってしまった。
黒板の前に佇む古村は裁判官のように彼らを静観していた。
「答えてよ…。」
静寂の中に雛杉の悲痛な声が響く。しかし成川の口が開くことはなかった。
それは罪を自白しない罪人というよりは、自身の心を明かすことのできない年頃の少年のようだった。
そんな様子の彼の元へ雛杉の足が一歩前へ進む。
「…またそうやって、僕に隠すつもり?」
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