告解

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 雛杉は成川の目前へと歩み寄ると、強く握っていた彼の拳を包み込むように握った。 そして驚いた拍子に顔を上げた先にあった凛々しい視線に、成川は釘付けになってしまった。 「君は隠し事が下手だ。僕が生徒会に入れた理由、生徒会長が僕の女装を気に入ったからって前に言ってたけど…本当は全く違うんだろ?」  女々しくも芯の通った声。成川にとっては久しく、懐かしい声だった。 もう二度と聞くことはない、繕うことはできない仲だと確信し、己の平穏だけを望んでいた彼が聞くことのできなかった声。 「…君が頼み込んだ。違う?僕をこんな地獄に引きずり込んだのは君。」  手を包む雛杉の両手は優しく心地良かったが、告げられた言葉は刃物のように鋭かった。 成川は自身の心臓を突き刺され、抉られたような感覚を覚える。 しかしそれを調和するかのように、自身の手を包む暖かさは安寧を齎していた。 その手に助力されるように、成川はゆっくりと口を開く。 「…すまなかった、雛杉。守りたかったんだ、お前を…。生徒会に入れば何不自由なく過ごすことができる、だから…。」  雛杉の手に力が入り、成川は言葉を詰まらせる。 しかし力んだ両手とは裏腹に彼の顔は穏やかな雰囲気を纏っていた。 「…ありがとう。でも、もうこれでおしまい。僕はもう守られるのは嫌。」    雛杉の背後に立つ佐倉は、彼の長く美しい黒髪を見ながら、どこか寂し気に口元を緩めていた。 言葉こそ交わさなかったものの、互いに映画館での約束を思い出していた。互いに絡めた小指の感触と、スクリーンの向こうで逢瀬を楽しむ恋人たちの姿。初恋という名の呪縛を告白し合い、約束を交わし合った幸せなひと時を。 「君が好き。昔みたいに、僕の隣で笑ってくれてた君が…。戻ってくれとは言わない。でも…あの時みたいに君の隣にいたいんだ。ずっと…。」  曇天には決して似合わない太陽のような姿だった。 迷いのない強い眼差しと、清らかに揺れる髪。その麗しい姿に成川は一瞬、雛杉の姿に甘酸っぱい乙女の風情を重ねた。 自身を縛りつけるプライドが腐り落ち、奥深くへと沈んでいた本心が蘇る。 佐倉を殺そうとした際、彼の口から告げられた雛杉の想いと、彼の口から告げられた言葉の意味が合わさった時、心の底から解放された気がしてならなかった。 「ねぇ成川、君の口から聞きたいんだ。君は本当にあいつに忠誠を誓ってるの?あいつの考えが本当に正しいと思ってる?このままで良いと思ってるの…?」  未だに握られた手の感触は愛おしい。 成川は息を吐くと同時に口を開いた。迷いなどなかった。 「わかっていたんだ、初めから…。あいつの考えが間違っていることは…。出会った時からずっと…あいつは異常だった。」  滲む汗を抑えるように額に手を当て、彼は呟く。 「そして二年前…。あの日だ。俺が一番あいつを恐れたのは、あの日だった…。」  その言葉に強く反応を示したのは古村だった。
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