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「……お前の言う通りだ。二年前、俺たちはあいつ、胡村聖太郎の弟である園太郎を殺した。」
絞り出すような声だったが、その場にいた全員が彼の声に耳を傾けていた。
金色の前髪に隠れた成川の瞳は、俯きながらも遥か遠くを見ているようだった。
「…何故、殺したの?」
落ち着いた口調で古村は尋ねる。
「…聖太郎は…あいつは本来、町長になれる奴じゃなかった。養子だったんだ。父親と血が繋がっていなかった。だからあいつの父親は実の息子である弟にこの町を継がせようとした。…だがあいつは、それが気に入らなかったんだ。」
雛杉の表情が一段と曇り、樋口も顔を引き攣らせていた。
明らかに変化する彼らの様子に、佐倉も古村も既に気づいていた。
「だから実の弟、胡村園太郎の殺害を俺たちに命令した。俺たち七人全員で殺すと…。」
「それで…?」
古村が次なる質問をしようと口を開いたと同時に、遂に雛杉はその場に崩れるようにしゃがみ込んだ。
「雛杉…!」
「もう止めて…!これ以上は…もう…良いじゃないか……。」
耳を塞ぎ蹲る彼の様子は尋常ではなかった。小さく震えるその背中を佐倉が優しくさする。
「…良くないんだ雛杉くん、寧ろここからが重要なんだよ。君たちにとっても、僕にとっても…。」
艶やかな髪を垂らし座り込む雛杉、そしてその隣で同じようにしゃがみ込んだ佐倉を見ながら古村は呟く。
数秒間の沈黙の後に上げられた雛杉の顔には、薄らとだが涙が浮かんでいた。
涙に輝く瞳がゆっくりと成川の方へ向けられる。悲劇を目の当たりにした恋人のように、二人は同時に息を飲んだ。
「…思い出したくない。もう…あんなの…僕は…。」
老朽化したピアノが発するような掠れた声だった。頭を抱え、髪を垂らし、雛杉は力なくそう呟いた。
あまりの変わりように佐倉が「もう止めろ」という念を込め古村へと目配せをしたが、彼は否定の代わりに眉をほんの少し動かすだけだった。
「…ああ。だがいつかは、思い出さなくてはいけない。」
成川は自身の前へ立つ古村の元へ一歩踏み出した。
そして決意を帯びた視線を彼へと送り、鉛の如く重い口をこじ開けるようにして再び話し始めた。
「あの日のことは本当によく覚えている。森の中だった。俺は園太郎を森へ誘ったんだ…。あいつは何も疑うことなく俺と共に森へ入った。」
空が徐々に黒みを増し、やがて下りる夜の帳を待ちわびていた。
「町を隔てる有刺鉄線の近く、そこで…あいつらが待っていた。園太郎はそこで異変に気づいたんだ、自分がこれから何をされるか悟ったようにその場から逃げようとした。」
雛杉は何も言わずに一粒の涙を床へ落とした。
「…俺は…あいつを…押さえつけた…。怯えるあいつを…無理やり……。」
成川は時折言葉を喉に詰まらせながらも、辿々しく話し続ける。
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