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「罪を償うためなら、君たちはどこまでできる?」
脳内にまで響く美しい声だった。しかし同時に恐ろしく冷酷で、裁きの天使を彷彿とさせるような声だった。
成川は怯むことなく彼へ向き直ると、懐から拳銃を取り出す。そして古村へとそれを差し出した。
「…どこまでも。」
古村は拳銃を受け取ると、迷うことなく成川の額へ銃口を向けた。
その突然の行動に佐倉は立ち上がろうと足に力を込める。
「全員動くな!」
聞いたこともない怒号は古村の口から発せられたものだった。その迫力ある声に佐倉は硬直してしまう。
宵闇の梟のように丸く、美しい瞳が成川の瞳を捕える。人差し指は引き金へと当てられていた。
銃口を押し当てられた額に伝わる冷たさ、神経を駆け巡る死の恐怖を体感しても尚、成川は決して後退ることはなかった。
「…贖罪のためならば死んでも良いと…?」
「…人を殺した人間は、いずれ殺されるべきだ。」
互いの強い視線が入り混じり、信念が渦を巻く。
まるで時が止まったかのように誰も微動だにせず、ただただ呼吸音だけが聞こえる空間。
やがて古村は小さく息をつくと、拳銃を持つ手をゆっくりと下ろした。
「……わかった。君の覚悟は十分に伝わったよ。」
古村は拳銃を成川に返すと、窓際へと足を進めた。
そしてカラカラと窓を開け、奥に聳える工場地帯を見渡した。
遠くから運ばれてきた鼻につく硫黄のような臭いが教室内へ入り込む。
「でも僕の狙いは君らの死じゃない。君らに彼と同じような死を望むほど、僕は単純ではないんだ。」
風が彼の髪を揺らしている。太陽があればきっと美しい輝きを見せるであろう茶色の髪は、鈍色の空には似合わなかった。
「僕の目的を話そう。」
窓の前に佇む彼の背には当然、翼など生えてはいない。
しかし顔を上げた成川には、その背に数多の翼が生えているかのような幻影を見た。同じく身を起こした雛杉は、彼の頭部に巨大な後光を見ていた。
「それはただ一つ。胡村園太郎を死に至らしめた元凶、聖太郎の望む”モノ”の消滅。」
天使がゆっくりと教室へ振り返る。
或る者には救い、或る者には裁き、或る者には破壊の天使として目に映る者。
その者の口が今開かれた。
「即ち、この町…霧落町の消滅。」
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