楽園

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 目が覚めた時、露斗宮の体は純白のベッドの上に横たえられていた。 白い天井に暖色の照明。自身を包む布団は厚く、肌触りも素晴らしいものだった。 気だるい体を起こし部屋全体を見回した時、そのあまりの光景に彼の眠気は一気に吹っ飛んでいた。 「……ここは…。」  そこはまるで西洋の洋室だった。埃一つない床に、染みのない壁。机に椅子、座り心地の良さそうなソファまで揃っている家具。 壁には極彩色の絵画が飾られ、片隅には植木鉢に植えられた美しい花が壁掛けのランプに照らされていた。 まるで別世界に生まれ変わったような錯覚を覚え、露斗宮は何度か自身の目を擦ってみせた。しかし景色が一向に変わることはない。 布団を剥ぎ、床へと足をつく。そして揃えられていた靴を履くと、部屋の中を探索しようと立ち上がった。  しかしその瞬間、部屋の扉が不気味な音をたてて開かれる。 音に驚いた露斗宮が視線を扉の方へ向けると、そこにはスラリとした高身長な人影が佇んでいる。 「よお、やっとお目覚めか。」  それが誰かわかった途端、彼は気を失う前に見た光景を思い出し震え上がった。 カラスのような黒髪、睨みつけるように見つめる片方の瞳。そして右目を覆うように頭に巻かれた包帯。 そこに立っていたのは榊原だった。その右手には一本鞭まで握られている。 彼は自身から後退りベッドの隅で縮こまる露斗宮を見下ろしながら、ハンガーにかけられた学ランを顎で指した。 「おい、俺の気が変わる前に早くその上着を着ろ。」  冷酷な声に逆らうこともできず、露斗宮は指示通りに学ランを羽織る。彼は自身の置かれた状況が安全ではないことがわかり、自然と心臓の鼓動が増してゆくのを感じていた。 「良いか、俺の後を黙ってついてこい。逃げ出そうとしたら最後、お前の命はない。」  踵を返し扉の外に出た榊原は、露斗宮に向かって「ついてこい」のジェスチャーをした。彼がそれに従い外へ出ると、そのまま長く続く廊下の先へと歩き始める。 西洋の雰囲気に包まれた部屋とは一変し、廊下はまたもや別世界だった。一歩出た瞬間、どこからともなく運ばれてきた強烈な硫黄の臭いに、露斗宮は鼻を摘まんだ。蒸気が勢いよく射出される音、機械の回る音が四方八方から聞こえていた。 天井や壁には何本ものパイプが伸び、それらはどこかへと続いている。金属の板を踏み鳴らす音と共に、二人は薄暗く窮屈な廊下を早足で進んでいった。
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