楽園

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 やがて辿り着いた先は大きな両開きの鉄の扉の前だった。所々に錆が見られ、凹みも少なくはない。この先に広がっている景色には到底想像もつかず、露斗宮は前に立つ榊原の背をただじっと見つめていた。 もしや、目にするだけでも恐ろしい数々の拷問道具が揃っているのだろうか。はたまた、血と臓物の入り乱れる死体が沢山転がっているのではなかろうか…。そんな予想が過っては消え、彼の脳内は更に混乱し始めた。 しかし予想に反し、振り向いた榊原から出た言葉は意外なものだった。 「…ここから先は一人で行け。」  そう言い壁に寄った彼を凝視しながら、露斗宮は固まっていた。 その態度が気に障ったのか、榊原は彼の背後の壁へと一発、見事な弧を描きながら鞭を叩きつけた。 「聞こえなかったのか?一人で行けと言ってるんだ。」  鞭と金属のぶつかる音がこだまする。露斗宮は震える声で「はい」と返事をするよりも早く、目の前の扉へ手をかけていた。 強烈な榊原の視線に耐えながら、ゆっくりと扉を開き始める。ギィィと年季の入った嫌な音を響かせながらも、重い扉は着実に開いていった。 薄暗い廊下に白い光が差し込む。それは扉の先から漏れた光だった。  露斗宮は大きな不安を抱きながらも、背後にいる榊原の視線を感じながら扉の先へと歩き始めた。  一歩、また一歩と眩しい室内へと足を進める。眩しさに思わず閉じた瞼を少しずつ開けてゆくと、謎に包まれていた扉の先の光景が彼の目に飛び込んできた。  始めに見えたのは青空だった。 所々に綿毛のような白い雲が描かれた美しく壮大な空。それは露斗宮が望んでいた美しい空だった。 しかし理想と違い、それはただの壁紙であった。一瞬太陽の光と錯覚した白い光も、天井にとりつけられた電灯が放つ人工的な光であった。  次に彼が目にしたのは、鮮やかな緑の葉を生やす木々だった。 室内だというのに何本も生えている木には、決して外では見ることのできなかった艶やかな葉と、逞しく伸びる何本もの枝が生えていた。  そして彼が最後に目の当たりにしたのは、部屋中に集う裸の男女たちの姿であった。 整った髪に美しい肌。瘦せ衰えている者など一人もいなかった。皆が満面の笑みで談笑し合い、新鮮な果実や酒を嗜んでいた。 床に敷き詰められた人工芝に寝そべり、うっとりとした表情で偽りの空を見上げる者。互いに寄り添い、木陰で静かに眠る者。声高らかに歌い、奇妙な舞を踊る者…。  広々としたその空間は、露斗宮にとって未知の世界そのものだった。  呆然と立ち尽くす彼の元へ、奥から二人の人影が近づいてくる。 それが聖太郎と蓑輪であることに気づいたのは、既に二人が目の前に佇んでいる時だった。 「ようこそ、楽園へ。」  聖太郎がそよ風のように優しい声で囁く。明るい照明や青空の壁、鮮やかな緑に満ちた部屋の中に集う服を纏わない人間たち。その中で唯一黒い学ランを身に纏った二人の姿が、どこか異形の存在に思えてしまい、露斗宮は静かに息を飲んだ。
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