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曖昧な答えだというのはわかっていた。しかし露斗宮は満足のいく回答を導き出すことができなかった。
聖太郎の深く黒い瞳がより一層強く彼を見つめている。
「…そうですか。少々難しすぎましたね…。」
嫌な沈黙の中、露斗宮は恐る恐る聖太郎の顔を見た。
やはりいつ見ても美しいものであった。しかし大人の色気など一切なく、逆に幼い少年のような純粋さを秘めた顔だった。
まるで地を眺める天使のように、世の全てを知る神のように見えてならなかった。
「…あなたは本当に…この町の町長なんですか?」
沈黙を切ったのは露斗宮のたどたどしい質問だった。
彼にとってこの異様な空間での沈黙は最も耐え難いものであった。とにかく、この状況を打破しなけらばならないと決心した故の行動だった。
「よくご存じですね。その通りです。まぁ…前町長の父が亡くなり、自動的に私に引き継がれただけですが…。」
グラスの水を一口飲み、聖太郎は答える。
露斗宮は固唾を大きく飲み込んだ。今目の前にいるのは、廃れた町を牛耳る長であり、同時に年端も行かぬ少年である。
恐ろしくもあったが、その容姿に優しさを感じたのもまた事実だった。
今なら対等に話し合いが可能であると、露斗宮は確信した。
「な…なら…あなたならこの町を、変えることができるんですか…?今よりももっと良い環境に…。」
「…それはどういう意味ですか?」
「この町は…あまり良い環境ではないと思うんです…。だってこんなに裕福な人たちがいるのに…大多数の住民は今も貧困に苦しんでます…。」
膝に乗せた手を握り、露斗宮は小さく呟いた。
それは彼にとっては精一杯の声量だったが、ボソボソとした小声になってしまっていた。
しかしそんな訴えを前に聖太郎は何も答えず、ただゆるりと微笑んでみせた。
再び場を張り詰めた空気が支配する。どちらも口を開かぬまま数分が経過し、遂に痺れを切らした露斗宮が口を開こうとした時、彼らの元へ一人の女が歩み寄った。
女は聖太郎の元へ屈むと、彼に耳打ちするように小さな声で囁いた。
「町長様、門の閉鎖が完了致しました。」
聖太郎の手が彼女の元へ挙げられる。どうやらそれは「静かに」の合図だったようで、彼女は屈んだままの姿勢で制止した。
「…露斗宮さん。つまりあなたは平和を望んでいるのですね?平等の上に成り立つ平和を…。」
露斗宮は彼の言葉にたじろぎながらも頷いた。
「えっと…そ、そうです…。」
「では平和に欠かせないものは何だと思いますか?」
「え…?そ、それは……」
直後、豪勢な食卓に赤黒い血潮が飛び散った。
露斗宮は壊れた機械のように硬直し、目の前に広がる光景を見つめることしかできなかった。
聖太郎の持つ果物ナイフが、隣に屈む女の喉元を深々と突き刺している世にも残酷な光景を。
雪のように白い肌に付着した血液が妙に鮮やかに見えた。狂気に満ちた行為を行っても尚、不気味なほど純粋な笑顔を崩さずに彼は露斗宮を見つめていた。
喉元からナイフを抜かれた女は、血を吹き出しながら横たわると数回痙攣した後動かなくなった。
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