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「胡村……園太郎……。」
天使の微笑みが消える。見開かれた瞳の中心には禍々しく黒い瞳。唇は固く結ばれ、強張っていた。
それは今まで笑顔を絶やさなかった聖太郎とは考えられないほど不穏な表情であった。
「……その名をどこで……。」
ぽつりと呟く彼の目先で、露斗宮は深く考え込んだ。
自身の本来の目的は古村に会うことであり、あの不可解な生徒手帳について聞くこと。そして彼と共に町の外へ出ることである。こんな異常な町に、こんなおかしな場所に留まることはできない。
何としてでもこの場所を抜け出さなければならない。
「…生徒会長。僕は…この町を出ます。」
無意識にそんな言葉が口から漏れていた。
古村と交わした約束を思い出したその瞬間だけは、血に濡れた聖太郎への恐怖も、魅了されるほどの美しさも忘れていた。
その奥に見える古村の姿だけが、彼の中に映し出されていた。
「約束したんです。この町を出ようって…。だから生徒会にも入りませんし、この町にはもう戻りません。」
自身に向けられた眼差しが強く真剣なものへと変貌したことに気づいた聖太郎は、一度大きく息を吐くと露斗宮の前から立ち上がった。
そして手を背中で組み、彼に背を向ける。
「……約束、ですか…。」
天井の照明が純白の髪を更に輝かしく見せる。
偽物の青空が、人工的に作られた木々が本物に見えてしまうほど美しい佇まいだった。
青空の下に佇む天使が首だけを後方へ向ける。美しい鼻筋と伏せられた黒目が光に照らされていた。
「ですが、そうですね…。非常に残念なのですが。恐らくその約束は果たせませんよ、露斗宮さん。」
その一言だけで、彼の背中に冷や汗が伝った。
体が拒絶しても、その予感は脳裏に浮かび上がった。
「彼らは今頃、きっとカラスに啄まれていることでしょう。」
その瞬間、彼は思い出した。聖太郎に抱き留められた感覚を、首に走った鋭い痛みを…。
校門から姿を現した成川と榊原を。自身から目を背けた成川と、彼に支えられた血まみれの榊原の姿を…。
「………こ、殺した…?古村…くん…を……?」
室内だというのに、どこからともなく風が吹いている。
露斗宮は風に揺れる前髪の奥に佇む聖太郎を凝視していた。
「ふふ…私は古村さんだなんて一言も言っていませんよ?あぁですが…確か、一人は金髪の子でしたね…。」
酷い耳鳴りが露斗宮の脳内を侵していた。一つの机を囲み笑い合う自身と古村と佐倉が、遥か昔の記憶のように思えた。
風が血の香りを運んでいる。鼻孔を通過し脳の最奥にまで到達したその匂いが、あらぬ妄想のリアルさを増してゆく。鼓動が全身に鳴り響き、吐き気にも似た違和感が喉奥に込み上げる。
露斗宮の後方から芝生を踏みつける音と共に、蓑輪が下品な笑い声を上げた。
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