カタルシス

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 背中を突き飛ばされたかのように飛び起きる。限界まで見開かれた瞳に、滝のように流れていた汗が染みこんだ。 露斗宮がもう一度目を覚ました時、目の前にあったのは幻想的な草原などではなかった。無機質な部屋。白い壁と天井に囲まれた窓のない部屋だった。 しかし四方八方から聞こえる機械音から、そこがあの「楽園」と呼ばれている工場であることがわかった。 露斗宮は乱れた呼吸を整えるように胸に手を当て、額に滲む汗を強く拭った。 酷い頭痛の余韻がまだ残っていた。夢の中よりは酷くなかったものの、新たに吐き気と不快感が体を侵食しようとしていた。 思わず蹲り、口から息か悲鳴かもわからない短い声を上げていた。自分が何故こんな状況に陥っているのかも覚えていないのだ。  扉が開く音が響く。それが彼の中の不快感を更に増長させた。  震える体を扉の方へ向ける。そこに立っていたのは成川だった。 露斗宮の中に幻覚として存在し続けていた彼の実体が、今目の前に立ち自分を見下ろしている。その状況さえも露斗宮にとっては不快なものだった。 成川は部屋の中を一通り見渡した後、露斗宮の座るベッドへと歩み寄る。一歩一歩と近づく彼に、露斗宮は警戒心を露わにしていた。 「…すまなかった。」  静寂の中聞こえたのは成川の謝罪の言葉だった。意外な発言に露斗宮は彼の様子を伺うように顔を上げる。 伏せられた目、固く結ばれた口。露斗宮の想像していた彼とは異なった姿だった。高圧的で常に他人を見下していた成川の顔ではなかった。 若干の不調を残しながらも露斗宮は体を覆っていた布団を捲り、冷たい床に足をつく。 「…あ、あなたは…」 「浄水場でのこと…その後のこともだ。何もかもを謝りたくて来た。俺はもう生徒会の人間ではない。厳密には古村の味方だ。」  古村という言葉に露斗宮は強く反応する。久しく聞いていなかったような気がして、懐かしさにため息が出た。 「…本当に…?本当に古村くんの味方…?彼はまだ生きているの…?」 「ああ、生きているさ。あの金髪も無事だ。」  露斗宮は救われたような気分だった。古村と佐倉の無事を知っただけでも、体の不快感はかなり薄れていった。 しかし完全に信用することも難しかった。相手が成川だからか、警戒心だけは絶対に解けなかったのだ。 「…打ったんだな、カタルシス。今日で何本目か覚えているか?」  疑惑の視線を向けられていても尚、成川は冷静だった。ベッドの隣に置かれた小さな机の上に置かれた注射器を見ながら、彼は少々眉間に皺を寄せた。 そして病衣を纏っていた露斗宮の右手へと視線を移した。
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