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「薬の販売ならこの先を右に曲がったとこだぞ。」
「お前一年?ならこっち来いよ。ちょうど前のが壊れたとこなんだ。」
廊下のあちこちから聞こえてくる声に露斗宮は聞こえないふりをしながら、慎重に廊下を進み続けた。
吐き気を催す臭い、床にこびりつく赤茶色のシミ、汚い笑い声。その全てを無視し彼はひたすら歩く。同胞たちの拒絶の叫びが聞こえても、薬物で我を忘れ甘く喘ぐ声が聞こえようと、その足を止めることはない。
時刻はきっと午後二時、露斗宮は「下校までもう少し、もう少しだ…。」と心の中で唱えながら周りに誰もいないことを確認し、階段下にある物置きスペースに置かれた掃除用ロッカーの中に音をたてずに入った。
狭く暗く、長年使われていない箒やモップに囲まれ、カビ臭いバケツや雑巾に鼻を押さえながら息をひそめる。
相変わらず騒々しい外からは、男子生徒たちの嘲笑、悲鳴、命乞い、怒号、阿鼻叫喚…。
ここならば安全と、露斗宮は耳を塞いでいた。
少しばかり小さくなる周りの音に、彼は安堵する。
この場所しかないのだ。
胎児のように、その身体を丸め子宮という名の狭いロッカーに押し込む。
羊水の代わりにあるのは、異臭を放つ掃除用具たち。
出られない、産まれない。産まれたくない。彼はこの世界で生きることはできない。
光があるとするならば、それは天国か。
天国は、楽園はどんな場所なのか、彼には想像もつかなかった。
この町にいる限り、わかる日がくることもないだろう。
だがきっと花が咲き、空はいつだって晴れていて、気持ち良い風が肌をくすぐるように吹いている。
露斗宮は目を瞑りそんなことを考える。
もしこの町に自分を助けてくれる存在がいるとすれば、それは神か天使だけだろう…と。
しかし、彼が空想に耽ったのはここまでだ。
地獄の門が、ロッカーの錆びた扉がギィ…と音をたてる。
悪魔たちの吊り上がった口角が露斗宮の瞳に映る。
「おー獲物みっけ、まさかこんなとこにも隠れてたなんてな。」
一人の悪魔がそう口を開き、露斗宮をロッカーから無理やり引っ張り出した。
数人の生徒が露斗宮を捕らえる。彼は必死に手足を動かしたが、不良たちに敵うわけもなく簡単に床に押さえつけられた。
「や…やめてください…お金なら、左のポケットに入ってます…!」
露斗宮はできるだけ大きな声を上げたが、不良たちは止まることなく彼の脇腹を蹴り上げた。
肋骨あたりを襲う強烈な痛みに堪らず彼は呻き声を上げる。
「はぁ?俺たち金なんていくらでも持ってんだよ。」
露斗宮の背中を踏みつけながら不良少年たちが嘲笑う。
「奴隷だよ奴隷、金より使える代物を探してたんだよなぁ…。」
少年たちの一人が、露斗宮に鋭いナイフを近づける。既に赤黒いものが付着している刃先を見て、露斗宮は硬直する。
学生服とシャツを脱がされ、露わになった彼の背中にその刃先があてがわれた。
「本当は焼印とかカッコよかったんだけどさぁ、面倒だしこのまま彫っちまうか…」
その言葉に露斗宮は全てを理解し、再び抵抗を始めた。
「大人しくしろよ、じゃないとこのまま心臓貫くぞ?」
露斗宮の白い素肌に、赤黒い刃が押し当てられる。少しでも立ち上がろうとすれば、彼の背中に真っ赤な花が咲く。
「うぁ…っ、やめ…誰か助け…っ」
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