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聞き間違いかと思った。
オレから完全に視線を外し、どこか遠くを見るような目で囁くように、だけど確かに英理奈さんはそう言った。
僅かな沈黙の後、我にかえったのか明らかに『しまった』という表情を浮かべる。
「行こう」
英理奈さんの気持ちが変わらない内にオレは彼女の手を取り再び雨の中を歩き出した。
雨はさらに強くなっていた。
英理奈さんの部屋の玄関のドアが閉まると小さくなった雨音の向こうで雷が鈍く鳴り響く。
ずぶ濡れのまま部屋の中に入るのを躊躇って玄関で待っているとすぐにタオルを持ってきてくれた。
「先お風呂使って」
オレと目を合わさず彼女が言う。
「いや、そんな、オレは後で大丈夫だから」
そこはさすがに後回しでいいがここまできてもう遠慮はしていられない、靴を脱いで部屋に上がらせてもらう。
「でもボーカリストが体冷やして風邪でもひいたら大変」
「大丈夫だってこれくらい、ほら早く温まってきて」
「でも、……あ、じゃあちょっと待ってて」
英理奈さんはワンルームの部屋に備え付けのクローゼットからグレーのパーカーとスウェットの上下を出してきた。
「男の人が着れそうなのあんまりなくて、こんなんで良かったら、使って…」
恥ずかしそうに手渡してくれる。
あー、やばい、今すぐ押し倒したい……。
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