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「どういうことですか?」
「なんて言うか、訳あり、と言うか、詳しくは言えないけど、ちょっと変わってるというか……。大学は別だけどいちおうその頃からの知り合いで、……あぁ、あの娘と同じ大学のやつらがやってたバンドと昔対バンしたことあって、それでうちのバンド見て気に入ってくれて、以来ライブ告知のメール送ったら毎回じゃないけど、今でもああやって時々ひとりでフラッと来てくれる。けど打ち上げ誘っても一回も来たことないし、プライベートな誘いなんて絶対乗ってこない」
ライブ以外の誘いを断られるのは他に理由があるのではと思ったが何も言わないでおいた。
「今の誰?キレーな人だったねー」
うちのバンドのメンバーがぞろぞろやってきた。ちっ、見られてたか。
「あぁ、松本さんとこのお客さん」
「うちの音源買ってくれたの?」
「まぁね」
「えー、良い人!オレも話したかった」
メンバーが口々に話し始めたところで松本さんが呼ばれ俺たちのもとから離れて行った。
「……連絡先聞いた?」
「あ!忘れてた」
音源まで買ってくれた(買わせた?)貴重な人だ、走ってライブハウスの外の通りまで出て辺りを見渡す。ライブの間に通り雨でもあったのか、濡れた路面と湿った空気の中を行き交う人々の流れの中に彼女を探してみたが、もうその姿を見付ける事は出来なかった。
素敵な女性の連絡先を聞きそびれるミスを犯し(聞いても教えてもらえなかった可能性もあるが)、しばらくはへこんでいたが、まだ大学に通いながらバンド活動をしているオレにはあまり余計な事を考えている余裕はなかった。1,2年の時にサボり過ぎたせいで、かろうじて留年は免れていたが、4年になった今でもまだ取れていない単位が多く、このままだと卒業が危うい。そしてバンド活動というものは滅法金がかかるので空いている時間には目一杯バイトを詰め込んでいる。主に居酒屋、単発で引越しや深夜の工場などを掛け持ちしていた。実家暮らしなので家賃がかからないのはありがたかった。あとはその隙間にバンドの練習。メンバー全員同じような条件で日々生活しているため、スケジュールを合わせるのが一番面倒くさかった。何せボーカルギターのオレに、リードギター、ベース、キーボード、ドラムと5人もいる。
そして、そんなたいして彩りのない毎日をただ繰り返しやり過ごしていると、あっという間に次のライブの日がやってきた。
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