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金曜日の夜、条件は悪く無かったが客の入りはまばらだった。
キャパシティ200人程の決して大きくはないライブハウスで出演は6バンド。努力はしているつもりだがなかなか客が増えない。
それでもオレたちの演奏を聴こうとわざわざ足を運んでくれた人達と、初めて聴いてくれる人達に最高の音楽を届けるために今日もステージに立つ。
各自セッティングを終え、一瞬の静寂の後、愛用のギブソンレスポールを掻き鳴らしオレは歌い始めた。
ステージ前に集まってくれているすっかり顔馴染みの女の子たちが数人、歓声を上げてノッてくれる。こんなオレでも一端のロックスターの気分を味合わせてもらえる、この瞬間が堪らなく好きだ。
今日は調子が良い。
演奏のミスは多少あるが大きく崩れることはなくオレの声もよく出ている。
ライブの終盤、曲の間奏で客席を見渡す。フロアの半分強くらいは埋まっているか。
ステージから向かって右側、照明が灯っていて目にとまりやすいドリンクカウンター付近に視線がいった時だった。ステージに向けられた照明が眩しくてはっきりとはわからなかったが、その辺りに、見覚えのある女性がいたような……、まさかこの前の…。気を取られて間奏明けの歌い出しをミスったが、その後は持ち直し何とか最後まで切り抜けた。
出番が終わり、機材を片付ける為控室に戻る間も心は別のところにあった。
はやく確かめに行きたい。
メンバーがあれこれ何か言っているけど全部無視してオレは急いでフロアに戻り、ドリンクカウンター付近へと向かう。
そこで次のバンドのライブを見ているのは、紛れもなくあの時の女性だった。
心拍数が跳ね上がる。
自分を落ち着かせるために一呼吸置いてゆっくりと近付き、彼女のすぐ隣で立ち止まると、ステージに集中していた彼女は突然無言で側に来た男に驚いてこっちを見た。「あ、どうして…」爆音で掻き消され声は聞こえなかったが彼女の口の形は確かにそう言った。今はゆっくり会話も出来ないのでとりあえず彼女の耳にオレの口を限界まで近付けて「今日最後までいます?」それだけ確認すると彼女は声を出さずに頷いた。
今演奏しているバンドが今日のイベントのトリだ。
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