2.大学生myTuberキク

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2.大学生myTuberキク

翌朝。 はああ〜。夢のような一泊だったなあ。 今回のホテルは高級感と落ち着きがあるものの、駅から若干距離があり、あまり評判を聞いたことがなかったからどうだろうかと不安だったけど、これは間違いなく人気が出るはずだ。評判がないのはまだオープンして一年も経っていないからだろう。 俺が言うんだから間違いない。え、どうしてそんなに強気に言えるのかって? 実は、俺のチャンネルは投稿数がかなり多い。そしてチャンネル登録してくれている人も結構多いのだ。たまに広告のお誘いがきたり、先日は雑誌のインタビューも受けた。そう俺はちょっとした有名人なんだ。 でも、他の人のようにこの『mytube』で食っていこうなんて、全然考えていない。これはあくまで趣味だし、いつか飽きたら潔く辞める覚悟もできている。そう思いながら、もう三年目に入るんだけど…… 平日は仕事をしながら、平凡な1日を過ごしていって、たまの週末に宿泊する。このスタイルは俺にとって理想。ああでも恋人は欲しいかなあ。一緒に泊まって思い出を共有したい。 ホテルのレビューのチャンネルだから、自分はあまり写さないけど、料理の感想を語る時や、ルームツアー(部屋の施設などを紹介して行くこと)の際に少し写すことがある。 そんな俺を見てたまに、コメント欄に『かっこいいですね』とか『こんなホテルに泊まれるなんて素敵です』なんて書き込みがある。もっとぐいぐいくる子は『お会いしたいです』なんてびっくりするようなダイレクトメールが来るのだ。 きっと彼女たちは俺がお金持ちで、道楽で泊まっていると思っているのだろう。金目当てかよ、と思ってしまう。そもそも俺はそんなにかっこよくないぞ! やっぱり恋人との出会いは、運命的なものがいい。それもうんとロマンチックな。 そう俺は恋愛に恋するサラリーマンなのだ。 今回撮影した動画を、家で編集する。ホテルの部屋であれば喋りながら撮影して、それを使ったりするんだけど、共有部分での撮影は他のお客さんやスタッフがいるから喋りながらはご法度だ。こうやって後で声を入れながら編集していくのが俺のスタイル。 編集作業は孤独だ。たまーに寂しくなり作業の手を止めて『mytube』を覗く。同じジャンルの『泊まってみた系』はあまりみないようにしている。やっぱり自分と比較して見ちゃうからね。 今日はたまたま、流れてきたオススメの鉄道系の投稿。鉄道系はとても数が多い。 俺は淹れたてのコーヒーをいれたマグカップを手にして、ぼんやりと見ていた。うーん、やっぱり電車は……よく分からないなあ。俺にとってはやはり『移動手段』でしかないのだ。画面の向こうの奴は電車のスペックを熱意持って語っているけど、スマン。 俺は他のチャンネルを見ようとして画面を切り替えた。画面に映るのは関連の動画たち。 たくさんの電車が映る中、ふと気がついた。 『豪華列車に泊まってみた』 んん?豪華っていっても所詮、寝台列車でしょと思いつつ俺はどんなものなんだろう、とそのチャンネルを見ることにした。 まずは駅のホームから始まり、深緑の車体にいかつい顔の列車がホームに入ってくる。実況している声はまだ若いように思えた。 『入ってきた! やばい! カッコいい!』 ホームに入ってきた列車にテンションが上がったのか、子供のようにキャアキャア騒いでいて、面白い。 列車が止まり、ドアが開き彼は姿を見せないまま、個室へと向かう。 へぇなかなか車内はオシャレなインテリアなんだな。車体の色に似た深緑のカーペットが通路に敷かれていてまるで高級ホテルのよう。 自室にたどり着いた彼は、ルームプレートを指差し、いよいよ室内に入る。 『今日僕が泊まるのは、こちらの部屋です』 大きな窓にベッド。……いやいやまて、俺の記憶では寝台列車は、可動式の固そうなベッドで、安眠できそうにないのだったけど? なんだこのしっかりしたベッド。しかもツインだ。こいつ一人なのにツインに泊まるのか? それともあとで合流してくるのか? クラシック調の室内は昭和初期を連想させ、至る所にある調度品は恐らく、日本工藝品だろう。素人目に見ても、かなり丁寧に設えていることがわかる。 そして電車は出発し、窓の外のホームには駅員やお客さんが手を振っている。中にはカメラを向ける人たちも。 その後、自室から出て電車内を散策する様子に度肝を抜かれた。食堂車、ラウンジ、展望室…どれをとっても上品でゴージャス。さながら動く高級ホテルか。どうしても狭さはあるものの、これならお客さんも大満足だろう。 撮影している彼は興奮した声をしながらも、インテリアなどの説明をしっかりとしている。そこで気づいたのは彼はあまり電車のスペックなどを話さないこと。車窓から見る場所の情報はかなり細かく話しているのに。 もしかしたら、彼は電車が好きと言うより、宿泊の方が好きな同類くんなのかもしれない。 そして室内をもう一度、あれこれと映しているときにようやく彼本人が写り込んだ。 緑色の髪。キノコみたいなマッシュボブに、ひょろっとした体型。耳には銀の大ぶりなピアス。このインテリアには不釣り合いなアロハシャツを着た彼。……もしかしたら大学生か? と言うくらい若い。声から想像した年齢よりずっと若くて俺は驚いて口を閉じるのを忘れていた。 こんなヘラっとしたような奴がなんで、この豪華列車に乗ってんだ? どう考えてもお前の金じゃないだろ……!
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