3.運命の豪華列車

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3.運命の豪華列車

その後、彼はちょくちょく自分を写すようになっていた。食堂車での食事のレビューやベッドに横たわり遊ぶ姿。 『めっちゃ気持ちいいベッド! 安眠出きそうです!』 途中からの合流はなくて、最後まで彼は一人だ。チャンネルが終わるまで、ずっと楽しそうに喋っている。 気がついたら最後まで見てしまった。 見終わった後はまるで、旅行から戻ってきたみたいな感覚。ああ面白かった! 確認してみると、彼の投稿した動画がたくさんあることに気づく。どれも列車での旅。彼の名前は『キク』だって。 俺は彼の動画チャンネルの登録ボタンを押した。動画そのものが面白かったのもあるけど、キクくんが可愛くて! まるで子供のように喜んだりする姿に胸がひさびさにドキドキしたんだ。 *** 「おーい、豊嶋ってば!」 仕事中に自分を呼ぶ声に気がついて、頭を上げる。パソコンの向こうで同僚の石塚が腕組みをして俺を見ていた。 「呼んだ?」 「ああさっきから、何度もな」 呆れた顔をされてしまった。最近、夜にキクくんの動画を見るので寝るのが遅くなり、たまに日中に眠くなってしまう。今もウトウトしていたようだ。 「田中工務店の書類出来た?明日が締めだろ」 「あっ」 「何だ、まだかよー。手伝ってやるから! お前最近たるんでるぞ。投稿が忙しいのか?」 石塚は俺が投稿をしているのを知っている。一年先輩なんだけど、今や友達のような間柄だ。 「いや、大丈夫……! ありがと」 いかんいかん、趣味は仕事に響かせてはならないのだ!……それにしても、昨日もキクくん可愛かったなー。 動画をキクくん目当てで見ていたけど、豪華列車そのものが気になっていた俺は数ヶ月後のチケットを予約できたので、その間仕事を頑張った。いつものホテル泊を我慢してチケット代に当てた。 そうして迎えた出発当日。出発の時間は昼下がりで、俺は子供みたいに前日眠れなくて、朝方に二度寝をして寝坊してしまった。慌てて出かけてホームにつくともう列車が入る寸前。いやあ危なかった! 俺は今回、動画撮影は部屋の中と食堂車だけでいいやと思っていたけどついつい、深緑の車体がかっこよくてホームに入ってくる様子も収めていた。あの日、キクくんもこんな感じで撮っていたなあ、なんて思いながら。 列車が停止しドアが開き、俺は早速自室に向かう。ああ久しぶりの感覚だ。部屋番号を確認して部屋のドアを開け、部屋の撮影にはいる。 あらかた撮影を終えて、俺はベッドに横たわる。部屋はキクくんが撮影していたツインの部屋。うん、申し分のない硬さとシーツのプレス度合い。俺は久々のルームツアーを満喫した。 お腹の虫が鳴り出した頃、ちょうどディナーの時間となった。部屋の次に楽しみにしていたディナー。ほくほくしながら、食堂車に向かい、テーブルを見つけて席に座る。車窓からは若緑の木々がヒュンヒュンと飛んでいくのが見えた。カーペットはオレンジで、木目調のテーブルと座席。座席は深緑のクッションが効いていて、まるでホテルのロビーにあるソファのようだ。 どんな客層が乗車してるのか、気になって俺は周りを見渡した。年配の夫婦、女性二人組、若そうなカップル……そして、通路を歩いてくる男性。お、一人なんだな。 あまり不躾に見るのもよくないなと目を逸らし、テーブルのメニューに目をやり、これから提供さる料理に思いを馳せていると、先ほどの男性は俺の一つ前の席に座った。 たまたま見えた頭頂部。緑の髪に、マッシュボブ……あれ?もしかして。 俺は恐る恐る彼の方を見て驚いた。キクくんだ! 本物だあ! と、叫びたくなるのを堪えながらドキドキする胸を抑える。 ちょっと落ち着け三十才の俺。 どうやらキクくんは一人のようで、食事が届いても誰も隣には座らない。これっていま、もしかしたら話しかけるチャンス……? 何て思ったけど、俺から話しかけるなんて不審者きわまりない…… 俺はぐっと我慢して、運ばれてきた美味しそうなフランス料理を撮影する。口に入れる前にスマホで撮影しながらなので周りにはちょっと変に思われてるかもしれない。料理は申し分なくて、まさか列車の中でこんなものが食べれるなんて! と一人感激していた。 ああほんとに美味しい…… あやうく撮影を忘れそうになりつつも、食事しているとふいに声をかけられた。 「あの……」 俺はスープをスプーンで啜っていて、下を向いていたから、もしかしたら撮影のクレームか? と思い慌てて顔を上げた。 すると見上げた先にいたのは、キクくんだった。 「は……はい?」 まさかのキクくんの登場で、動悸がまた激しくなる。 「すみません突然。スマホ落ちそうだったから」 テーブルの横に置いていたスマホが、揺れで落ちそうになっている。俺は全く気がつかずこの美味しい枝豆のスープに夢中になっていた。 「ありがとうございます」 俺が礼を言うと、キクくんは一例して席に戻ろうとしたので思わず引き留める。だってこんなチャンスもうないのだから! 「あの……! キクさん、ですよね?」 キクくんは振り向いて驚いた顔をしていたが、やがて照れ臭そうに笑った。 「そうです」
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