1.サラリーマンmyTuberユーイチ

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1.サラリーマンmyTuberユーイチ

あと少しで今週の仕事は終わるんだ。 腕時計の針を食い入るように見ながら、机に置いたマグカップで一口冷めたお茶を飲む。 今日は金曜日。ソワソワしているのは俺だけじゃないはずだ。その証拠に、斜め前の相田さんは何度も、壁にかかっている時計を見ている。いつもより化粧が濃いから、きっとデートなんだろう。おっと、こんなことを言っていたらセクハラで訴えられるな、気をつけないと。 そんなことを思っていると、定時のチャイムがフロアに鳴り響いた。俺は待ってましたとばかりにそそくさと鞄を取り出す。机の上は何分も前に片付けていた。 俺が勤めている税理士事務所では、残業がないに等しい。決算期は大残業になるけどね。 「お先に失礼しまっす!」 立ち上がって大声を出すと、俺の前の席である池田所長が苦笑いしている。 「おいおい、豊嶋(てしま)くん。チャイム、鳴り終えてないでしょ〜。まあ、暇だからいいけど」 「すみません!今日は予定がありまして」 頭を掻きながらそう言っていると『私も帰りますう』と相田さんも便乗してきた。 「花金だもんね、楽しんでおいで」     まるで娘を見るような感じで、池田さんがそう言う。 「はあい、お疲れ様でしたあ」 ニコニコしながら相田さんは事務所のドアを開けて帰っていった。ふんわりと香水の甘い香りを残して。 「……デートかなあ」 ぽつりと池田さんが呟く。 「池田さん、セクハラになっちゃいますよ」 俺は自分のことは棚にあげ、ドアノブを握った。 *** 俺は事務所から歩いて数分の駐車場に到着して一息つく。 「ふー」 ドアを開けて体を滑らせ、鞄を助手席に置く。運転席に座りつつ、ネクタイを少し緩めて休日モードにシフトチェンジだ。エンジンスタートボタンを押して、エンジンをかける。 「さあて行きますかね」 誰に聞かせるわけでもなくひとり、呟く。俺は車を発進させた。後部座席にはボストンバック。そう、俺は今から某高級ホテルに向かうんだ。あっ、いかがわしいことをしに行くんじゃないよ!これはちゃんとした『お仕事』。と言っても報酬は発生しないんだけど。 俺は自分の稼いだ給料を使って、ホテルに宿泊し様子を撮影して、そのレビューを動画配信サイト『mytube』に投稿するという活動をしている。本名の豊嶋裕一(てしまゆういち)からとった『ユーイチ』の名前で活動している。 学生の頃から旅行が好きだった俺は、サラリーマンになって旅行する暇がなくなったことを嘆いていた。週末を利用して旅行に行けるほどの気力とお金がなくて、ストレスは溜まるばかり。 それで、せめて非日常を味わいたい、と週末に都内のホテルに宿泊するということを始めた。するとこれがなかなか楽しい。たった一泊なのに非日常の時間を過ごすだけで、いい気分転換になった。そのうち、ある程度お金を貯めてから、高級ホテルに泊まるようになっていた。 ある日ふと思ったのは、せっかく泊まるなら記録をつけていきたいということ。初めは部屋の中や窓から見える景色を写真に納め、それを家で眺めていたけれど、数回やったところで、どうにも虚しくなってきた。 それで単に記録するだけではなく、動画にしてレビューをまとめ、それを『mytube』に投稿してみたらどうだろうと思うようになっていた。 小型カメラを購入した俺は、宿泊した部屋の情報や、ホテル内の夕食や朝食のレビュー、施設設備などを動画撮影し、ストックしていった。 家で編集したものをに『mytube』へ投稿して数ヶ月。段々と俺の動画を閲覧してくれる人が増え、俺のレビューを元に、実際にそのホテルに宿泊してきたというコメントや、旅行の参考にしているというコメントが入るようになった。そうなると、当然嬉しくなるもので。俺は今やこの投稿のために仕事をしているといっても過言ではないのだ。 「おおお……」 今日、宿泊するホテルは外資系の有名なホテル。スタイリッシュなフロントロビーに天井の吹き抜けが高くて圧倒された。広々とした空間が、都内であることを一瞬忘れさせる。 ビルの高層階がフロントとなっているため、大きな窓ガラスからは都内が一望できる。これは夜景が期待できそうだ。カップルできたらさぞかし盛り上がるんだろうな…… はっ、いかんいかん。ホテル宿泊は楽しいんだけど、ふと一人だと感じた時に虚しさが湧いてしまう。 カードキーをもらい部屋へと向かった。廊下のカーペットはワインレッドで壁は濃紺。うん、おしゃれ。これは撮影しておかねば。廊下に人がいないことを確認し、歩きながら撮影した。 部屋に到着し、カードキーをセンサーにかざすと『カチャ』と解錠した音が聞こえ、ドアノブを押して部屋へはいる。 ああ、この時が一番興奮するんだ!
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