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第2話_遠方からの訪問者
暑くも寒くもなくいい陽気になり始めたとある季節の昼過ぎ、緑生い茂る楠神社へ、一人の高校生らしき男子がロードバイクで訪れた。
ブレーキをきかせて鳥居手前の段差下へ滑り込むとロードバイクをかつぎ上げ、一段が急な石階段を軽快に上り、参道を離れて玉砂利の隅に停めさせてもらう。
重たげなリュックを背負い直すと、神社敷地内の居宅へ軽い足取りで向かい、玄関までの飛び石をひとつ飛ばしで跳び歩き、インターホンは鳴らさずに景気良く引き戸を開けた。
「おじゃっしぁーす」
「いらっしゃい」
ほどなくして、家主でありこの楠神社の宮司である楠瀬 葉月が笑顔で玄関へ顔を出す。
その時分には既に男子高校生は靴を脱いで上がり込み、家奥へと進む準備万端といういでたちだった。
「月兄、今日はお世話になりまっす。――蒼兄は?」
葉月と目が合うなり、挨拶もそこそこに頬を上気させながらそう投げかける。
「さっき稽古終わったばかりでね。今シャワー浴びてるところだろうから、中で待ってて」
「そーなんだ。了解!」
「あと、こっちはこれからお昼なんだけど、陽は食べてきたの?」
「うん。昼ってか、さっき起きたから朝飯は食ってきた。ブランチ♪」
「そっか。あとでおやつ出してあげようね」
「おやつ何?」
「S堂の苺大福」
「やりー! 俺あれ大好物」
そう会話を交わしつつ居間まで進み、お昼の準備に葉月はキッチンへ消え、"陽"と呼ばれた高校生・要 陽がリュックの中身を丸テーブルへ吐き出して並べていると、玄関が開く音がし、やがて黒縁眼鏡をかけた痩身の男が居間へ入ってくる。
「ごめん、もう来てたのか」
「蒼兄!」
陽は満面の笑顔で手をあげながら応える。
"蒼兄"と呼ばれた眼鏡男・髙城 蒼矢は、笑みを彼へ返すと、テーブルの上に視線を移した。
「…今回もすごいな。これ全部一日でやるつもりなのか?」
「心配ご無用! ちゃんと全教科ヤマを先生に聞き出してきたから! そりゃもう土下座モードで」
そう言いつつ、陽は冊子をひとつ手に取り、ページの合間にいくつかつけた付箋を指し示してみせる。
どこか得意気な彼の表情と仕草に小さく噴き出すと、蒼矢は彼の斜め隣に腰を落とした。
「とりあえず優先科目からやろうか。数学か物理基礎かな」
「お願いしまっす!」
ふたりが冊子を開き始めたところで、大皿に山盛りのサンドイッチを載せた葉月が部屋へ戻る。そして昼食をつまみつつ、もはや恒例となった髙城先生によるテスト前対策講座が始まった。
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