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第1話_春雪の宵
某年3月。
その年は冬の冷え込みが厳しく、首都圏でも何度も降雪を繰り返し連日交通トラブルが報道される、近年まれにみる寒冬だった。
その日も徐々に暖かい日が続くようになった中での低温注意報で、昼過ぎからさすがに今シーズンラストになるだろうみぞれ雪がちらつき始めていた。
すっかり日が落ちた夜、しつこく雪が降り続く都内T区のとある斎場では、近親者のみの通夜がひっそりと行われ、弔問に訪れた関係者を送る最後のタクシーが離れていく。
館内の受付で芳名帳と香典の取りまとめを終えた、黒縁眼鏡に礼服を着込んだ男――まだ未成年と思しき痩身の青年が、足早に遺族控室へ向かう。静かにノブを回すと、こぢんまりとした室内には壮年期の女性が一人、黒留袖をやや乱して肘掛椅子にしな垂れかかるように上半身を預けていた。
「――蒼ちゃん」
入ってきた青年に気付き、女性は少し放心気味だった顔を取り繕い、椅子から身を起こす。慌ててかけ寄り座るよう促すと、薄く笑みを浮かべながら彼へ見上げた。
「ありがとうね、手伝ってくれて。急だったのに…あなたも忙しいでしょうに、本当にごめんねぇ…」
「いえ、お声掛け頂けて俺の方が感謝しています。こんな事じゃ返せないくらい、おじさんには良くして頂きましたから…」
膝をつき、視線を合わせると女性は疲れ切った表情ながらも柔らかく見つめ返し、赤く充血した目を細めて青年の頬を優しく撫でた。
やがて背後に複数の足音が聞こえ、女性の親族とみられる男女が遠慮がちに扉を開けて入ってくる。
「…私は大丈夫だから、あの子の方に行ってやって。多分お父ちゃんのところにいるからさ。…そばにいてやって頂戴」
「…はい」
女性にそう促され、青年はお辞儀をすると親族らと入れ替わるように退室し、階段を下りて式場へ向かった。
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