110人が本棚に入れています
本棚に追加
2
上司への殺意を胸の内に折り畳んで給湯室へ移動、茶の準備をする。来客用の玉露缶の蓋を外し、急須に入れて湯を沸かす。
「どうぞ」
お盆に湯呑をのっけて運んでいく。依頼人が相好を崩して会釈。
「ありがとうございます。こちらの方は?」
「僕の助手の烏丸理一くんです。高校の同級生で色々手伝ってもらってるんですよ」
「そういえば雑誌の記事でそんなことをおっしゃってましたね。仲がよろしいんですねェ」
「はは……ただの腐れ縁ですよ」
しきりに感心する依頼人を愛想笑いで受け流し、湯呑をおく。茶倉は一人称僕の猫かぶりモードに突入していた。どうでもいいが、尻がむずがゆくなるので「理一くん」はやめてほしい切実に。
盆を小脇に抱えて茶倉の隣に下がる。俺の定位置はここ、茶倉の右斜め後ろ。目で着席の許しを乞うもあっさり無視された。人の心とかないのか。
「申し遅れました、わたくし長野で老舗旅館の女将をしております。ご存じでしょうか、明治3年創立の『福来館』」
「座敷童子がでる宿として有名ですね」
俺もニュースかなんかで見たことある。あそこの女将さんなのか、と新鮮な驚きをもって見直す。
「おかげ様で沢山のお客様にご贔屓にしていただいております」
「何故弊社に?」
「実は……」
言いにくそうに視線を揺らし、意を決して語りだす。
「今回ご相談したいのは福来館に憑いてる座敷童子のことなんです」
「実在するんですか?」
茶倉が目で釘をさしてきた。慌ててお口チャック。
「もちろん実在します。とはいえ私が気配を感じとれるようになったのはここ数年ですが、亡くなった姑の話では大昔からずっとうちを守ってくれてたらしいです。なんでしょうね、漸く一人前の女将として認めてもらえたんでしょうか。福来館に泊まった夜に座敷童子を見ると幸せになれる、子宝を授かると評判を呼んで、一時は傾きかけた旅館も盛り返したんですが……」
「問題が?」
「こちらをご覧ください」
女将さんがスマホのアルバムに保存された画像を一枚開き、テーブルに提出する。ブレまくってよくわからないが、旅館の客室を撮ったみたいだ。
「手前で見切れてるのが座敷童子です」
「はあ……確かに、子どものようにも見えますね」
客室は真っ暗だ。畳には布団がのべてある。そばには浴衣が脱ぎ捨てられ……え?
「茶倉これ……」
こっそり耳打ちする。女将さんがほんのり顔を赤らめる。
「絶対内密にすると約束の上お客様から送ってもらいました。座敷童子が出てくれること自体は有難いんです、うちの看板娘ですからそりゃもうね。けれど場所と時間が問題で」
「なるほど。泊まり客が事を始める時に限って現れるんですか」
「最中にトコトコ走り回って。視線を感じて集中できないとクレームが殺到しまして、私どもも困ってるんです」
「はい。質問いいですか」
真剣に話してる茶倉と女将さんを見比べ、我慢できず手を挙げる。
「女将さんがここに来たのは、デバガメ座敷童子をなんとかしてほしいからですか」
「デバガメは言い過ぎです。本人はたぶん遊んでるだけなんだと思いますよ。ただほら、うちも客商売ですから……お客様のプライバシーは尊重したいでしょ?おわかりいただけるかしら」
「見る事自体は全然OKなんですよね。座敷童子がでるってのをウリにしてるんだし」
「時と場所がまずいんです」
じれったげに訴える女将さんをよそに茶倉と顔を見合し、実に明快な解決案を述べる。
「『宿泊中はセックス禁止』と注意書きされてはいかがでしょうか」
「だめです」
「『夫婦の営み禁止』に言い換えても駄目ですか?」
「駄目やろ、不倫カップルもおるし。旅行中はテンション上がるし、それ目当てでくるヤツもおるんちゃうか」
「座敷童子を見ると子宝を授かると言われてますので、宿泊中に営まれる方も多いんですよ」
「浴衣はそそる」
「福来館はおもてなしの心を大事にしておりますので、せめて部屋にいらっしゃる間は自由に過ごしてほしいんです」
「合わせ目はだけた鎖骨もそそる」
女将と茶倉にタッグを組んで反撃されては引き下がるしかない。てかコイツ性癖さらしてるだけじゃん、頭大丈夫?
「わかりました。宿泊客が営まれてる間は出現を控えてほしいと、座敷童子の説得を頼みにこられたんですね」
茶倉が長い足を組み替えて確認する。女将さんはバックから取り出したハンカチで汗を拭く。
「はい。茶倉さんはこの手の案件のプロだと伺いましたので、営業に障りをださず解決していただきたいんです」
「客商売は評判が命ですからね。覗かれて興奮する特殊性癖の持ち主ばかりじゃないでしょうし」
「いやいや泊まってる間くらい致すなよ?それで解決じゃん、セックスしないと出られない部屋じゃあるまいし」
「福来館には露天風呂がございます。自慢の温泉が湧いてるんです」
「温泉入った後はヤりたくなるのが人情さかいに」
駄目だ、俺の知らない常識で話が進んでる。この事務所やめてえ。
「座敷童子の件は安心して当ТSSにお任せください」
「何卒よろしくお願いします、座敷童子の目撃談が一番多い部屋をおさえておきますので。もちろん宿泊代は無料です」
そんなこんなで打ち合わせはトントン拍子にまとまり、茶倉は依頼を引き受けることになった。
最初のコメントを投稿しよう!