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数日後、俺と茶倉は老舗旅館『福来館』の前にタクシーで乗り付けた。 「うわー、でっけえ宿」 茶倉の分の荷物を抱えたまま、旅館を見上げて口笛を吹く。 明治から営業してるらしいと聞いたが、正面玄関には家族連れや団体客が出入りして繁盛している様子だ。法被を羽織って立ち働いてるのは番頭さんだろうか。 「おのぼりさん丸出し。恥ずかしいから1メートル離れて付いてこい」 「待てよ」 自動ドアをくぐって中へ。 フロントには夫婦っぽい男女のペア客が多く、各自土産物を選んだりカウンターで記帳したり和気藹々お喋りしていた。ソファーで居眠りしてる爺さんもいる。 「フツーに流行ってんじゃん」 「口コミじゃ炎上しかけとる」 茶倉が見せてくれたスマホのレビューを読んでいくと、座敷童子にHを覗かれた客のクレームがちらほら。中にはインポになったと騒ぎ立てるヤツも。 「自業自得じゃね?」 「せやな」 「ていうか座敷童子を説得って、具体的に何をどうすんだよ。H中はじっとしてほしいって諭すの?わらしっていうんだから子どもだろ、そのへんの大人の事情わかんの?」 「無理でもわからせんのが俺の仕事」 「とっ捕まえて正座でお説教?精力絶倫な醜い大人が元凶だろ」 何となく気乗りしない。 それはそれとして、ただで温泉旅行にこれたのはラッキー。福来館は来春まで予約で埋まってて、女将さんのコネがなけりゃ泊まれっこないのだ。 「いらっしゃいませ、ようこそお越しくださいました。お荷物はこちらへ」 「ありがとうございます」 番頭さんや中居さんに荷物を渡す俺をよそに、茶倉は一直線にカウンターに行って手続きを済ます。 「すいませーん、ひょっとしてチャクラ王子ですかあ?」 「はい、そうですか」 「きゃーっ、やっぱり生チャクラだー!」 「あのっ、私たちチャクラーなんです!茶倉さんがでてる番組や雑誌全部チェックしてて~、ほらこれ、ピンクパールの数珠もゲットしたんですよ開運祈願!」 「リアルで会えるなんてマジ感激、握手とサインしてください!」 「もちろんかまわないよ。こんな可愛い子たちに知ってもらえて光栄だな」 黄色い悲鳴を上げる女性ファンに取り囲まれ、まんざらでもなさそうな茶倉。 調子よくサインと握手にこたえ記念写真を撮りまくられる。 デコったスマホのフラッシュを焚いた浴衣ギャルが、媚びた声色で探りを入れてきた。 「一人旅ですか?ひょっとして彼女さんと?」 「一人旅です。仕事が一段落したので気晴らしに」 「待てこら」 何故に俺の存在を消す?凄む俺を振り返り、ギャルたちが不審げに眉をひそめる。 「誰ですアレ」 「君もファン?サイン欲しいの?」 「速攻質入れだ」 徹底して他人のふりをする茶倉に業を煮やすも、その時には既に別れを惜しむファンたちに手を振り、臙脂の絨毯が敷かれた階段を上っていく。 同行する番頭さんや中居さんを憚り、飄々と取り澄ました茶倉に囁く。 「一人旅って何」 「すまん。ファンの子幻滅させたなくて」 「謝られてる気しねえんだけど喧嘩売ってる?買うよ?」 「そない安っぽいカッコのヤツ助手とか紹介するの恥ずかしいわ、頭のてっぺんから爪先まで全部入れても一万いかんやろ」 「見栄張りが」 足を蹴り合ってるうちに部屋に到着。襖を開けるとイグサの匂いが芳しい畳を敷き詰めた和室が広がり、自然とテンションが上がる。 「ではごゆっくり」 「ありがとうございます」 番頭さんたちがお辞儀をして立ち去り、茶倉とふたりっきりで残される。「ここに座敷童子がでんのか」 「絶対とは言えん。単に一番目撃談が多い部屋ってだけや、はずれることもある」 「床の間におもちゃがたくさん」 「捧げもんやな」 和室の床の間はぬいぐるみや人形、ミニ機関車やソフビの怪獣で埋め尽くされていた。カラフルな千羽鶴も吊ってある。広縁に面した窓からは見事な日本庭園が見渡せた。池ではねる錦鯉が風情を添える。 「よいしょ」 広縁に二脚おかれた安楽椅子の片方に腰掛ける。 「じじくさ」 「うるせー。お前も座れ」 「お見合いやなしようせんわ」 ごもっとも。所在なげに安楽椅子を揺らし、庭の風景を眺めて暇を潰す。茶倉は足を崩して座り、スマホのメールをチェックしていた。 「……よく考えりゃ二人で旅行すんの初めてじゃね?」 「そうか?」 「修学旅行こなかったじゃん」 「仕事が立て込んどって」 高校生の頃から拝み屋をしていた茶倉がさして興味もなさそうに言い、なんだかそわそわしてきた。押し入れの前には浴衣が二人分畳んでおいてある。 よく考えたらコイツと泊まんのも初めてか? 俺と茶倉は高校の同級生。今は霊能者として独立したコイツの事務所で雇ってもらってるが、それだけじゃない。俺はある特殊体質に悩まされていて、故に茶倉と離れられない業を背負ってる。 「あー、茶倉」 名前を呼んだ瞬間がらがらと襖が開いて寿命が縮む。入口を見れば和服を着付けた女将さんが正座していた。俺たちの到着を聞いてわざわざ挨拶にきてくれたらしい。忙しいだろうに素晴らしい接客精神。 「茶倉様ならびに烏丸様、福来館にようこそお越しくださいました。心より歓迎いたします」 「ご丁寧にどうも」 茶倉がにこやかに返す。 「お部屋はご一緒でよろしかったでしょうか?別にとることもできましたけど」 「お気遣い痛み入ります。ですがこちらの方が便利なので」 便利? 「どういうことだよ」 「後で話す」 女将さんが手際よく淹れてくれたお茶の片方を有難く頂戴し、口を窄めて啜る。その後は少し世間話をした。この部屋は福来館で一番いい部屋で、座敷童子のお気に入りなのだそうだ。 両手で湯呑を包んだ茶倉が、床の間に一瞥を投げて呟く。 「子供服も飾ってますね」 「宿泊されたお客さんにいただいたんです、可愛いでしょ。うちの座敷童子は女の子みたいなんです」 確かに可愛い。上品な丸襟のブラウスと紺のプリーツスカートのセットはお嬢様っぽい。話にまざりたくて口を出す。 「スマホの画像じゃ5歳位に見えましたね。髪が長かった」 「ですね」 「座敷童子っていうと大抵黒髪おかっぱのイメージがありますけど、それも古臭いか」 画像では尻をこえる長髪だった。俺の発言に茶倉は唇をなぞり考え込む。 続いて女将さんは簡単に館内の施設の説明をしてくれた。娯楽室にはマッサージ機と卓球台があるそうだ。 「福来館は温泉が名物なんです。すべすべした乳白色のお湯が特徴のアルカリ性単純温泉で、美容と健康に効くとされています。離れにある露天風呂も素晴らしいので、ぜひお二人で浸かってくださいね」 「二十四時間入れるんだって、やったな」 「よかったな。行ってこい」 茶倉を突付いて報告したら、手の甲でそっけなく追い立てられた。 「え?一人で?」 「部屋にもバス付いとるやん」 「せっかく温泉きたのに……入らねーのは損じゃん」 まるで理解できず瞬きする。茶倉は表情を変えず言った。 「肌を安売りしたない」 「そのあたりは個人様の好みがありますから、無理にとはおっしゃいませんけど……温泉は夜も入れるので、もし気が向かれたらぜひ。では仕事に戻ります」 茶倉が感じ悪い対応をしたせいか、女将さんはそそくさと行ってしまった。再びふたりっきりになる。 「安売りって……相手俺じゃん」 「だから?」 ストレートに返されて押し黙る。言われてみれば、除霊の時も茶倉が全部脱ぐ事はない。大抵下だけ、上は着ている。コイツは何故か裸を見せたがらないのだ。 「こないだスーパー銭湯誘ったら断ったよな」 「セレブは札束ジャグジーかドンペリ風呂しか入らんねん。他人と風呂なんて冗談やない、貧乏が伝染る」 「あっそ、勝手にすれば」 せっかく老舗旅館にきたんだから、へそ曲がりに付き合って我慢することはない。浴衣を持って立ち上がり、襖を開ける。 すたすた廊下を歩きながら振り返り、追ってこないかしばらく待ってみる。 「……ンだよアイツ。いいよいいよ、一人でばばんばばんばんしてくっから」 誰に対してだかわからない負け惜しみを呟いて歩き出し、背後を過ぎった気配に硬直。振り返る。 誰もいない。 座敷童子?
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