It was rainy too.

2/5
前へ
/5ページ
次へ
「親と縁を切りたいんですけど」  制服を着た女子は臆することなくそう言った。恐らくはまだ高校生くらいで、子供と言っても差し支えない年齢に見える。馬褒は彼女の目を真っすぐに見つめた。 「とりあえず、貴女の名前と年齢、教えてくれる?」 「一ノ瀬まどか、十七歳。ねえお願い、私をあの親から絶縁させて」  まどかはしっかりとした口調でそう話す。堂々とした振る舞いと表情だが、顔立ちにはまだ幼さが残っていた。彼女の手には一枚の広告がしっかりと握られている。そこには大きな文字で、自分の会社の名前とキャッチコピーが書いてあることに、馬褒は既に気付いている。 『絶縁代行ブレックファースト あなたの絶縁、代行します。』  人と人は沢山の繋がりの中で生きていく。人は人と出会って、また新しい何かを生む。けれど現代では、あまりにも膨大な縁が結ばれ過ぎて、大切なものが何かも分からない。そういう人の助けになりたい、そういう思いからブレックファーストは生まれたそうだ。代表の言葉を馬褒は自然に頭の中で再生した。 「残念だけど、未成年だと保護者の同意が必要なの」  馬褒はまどかに対して誠実に、そう伝えた。まどかは、やっぱりそうですよね、と小さく口にして、元気を削がれたように背中を丸くした。彼女は決して頭が悪い様子もなければ、我儘なようにも見えなかった。申し訳ないけど、と馬褒も後に続けて加えた。ルールはルールだから仕方ないんだ。 「凛子」  その様子を端から見ていた代表の雨瀬が、馬褒の名前を軽やかに呼んだ。  雨瀬の真っ赤な髪の色に、まどかも目線を向けていた。 「いいじゃあねえか、話くらい聞いてみたってさ」 「でも同意なしには縁切りなんて出来ませんよ?」 「結果なんかお前が気にしなくたっていい。この子の大事なもんは何なのか、それを考えるのがお前の仕事さ」  馬褒はもう一度まどかの方に向き直す。十七歳の彼女が家族との絶縁を望んでいる。きっと何か込み入った事情があるのだろう。広告一枚を信じてくれたその覚悟だけでもせめて、受け止めてあげたいと思った。まどかもまた表情を晴れやかにさせて、馬褒に話し始めた。 *  一ノ瀬まどかの両親は三年前に離婚し、父親が彼女を引き取って育てているとの事だった。父は大手商社に勤めているらしく、忙しなく働くことで彼女の養育費を賄っている代わりに、あまり彼女と一緒にいる時間を作れていないらしい。まどかは普段から自分のことはほとんど一人で何でもこなして、生活費を除けばほとんど彼女一人で生活を送ることが出来る。そして高校を卒業すれば、就職して自分一人でお金を稼ぐ事だって出来る。はっきりとした言葉で彼女はそう言った。  家族との時間が取れないことは確かに、子供にとっては寂しいものかもしれない。彼女の父親も悪気がある訳ではないだろうし、叶うなら大事な娘との時間を取ってあげたいと思っているのだろう。思った事を馬褒はそのまままどかに伝えた。すると、彼女は首をぶんぶんと横に振って、もう一度口を開いた。 「お父さんは私の事を大事になんて思ってないです。あの人は若い恋人を作って、その女と幸せそうにしてるんです。だから私は、二人にとって邪魔者なんです」  父親の恋人はしばしば彼女の家を訪ねてきたり、父親と二人で出かけたりしているらしい。父がなかなか家に帰れない日は家に来て、料理などの家事も行っている。それが好意によるものだと事務的に説明されても、まどかは容易に受け入れられるほどまだ大人ではなかった。あの人は娘と過ごす時間なんて障害にしか思っていない。まどかは繰り返し、自分の父親を強い言葉で批難した。  馬褒は雨瀬に目配せをしたが、雨瀬は黙って笑ったままだった。自分の仕事は、彼女の大事なものは何なのか考えること。馬褒はゆっくり息を吸った。 「良かったら一度、お父さんたちとお話してもいい?」 * 「実は娘にもちゃんと話そうと思っているのですが、彼女と再婚しようと考えてまして」  父の一ノ瀬徹(いちのせとおる)は、隣に座る黒音(くろね)に目配せをした。黒音は若く美人な女性だなと馬褒は静かに感心していた。  忙しいと話していた割にはすんなりと時間を取ってくれたな、と馬褒は思った。馬褒はまどかの高校の卒業生で、まどかと親しい先輩、ということで話しをしていた。絶縁代行の中には浮気の工作などの業務もある。年齢の分かりづらいような顔立ちの馬褒は、セーラー服を着ればまどかの同級生にも見えるかもしれない。 「まどかちゃんの話だと、なかなかお父さんと一緒に時間が過ごせないみたいで」  いかにも女子大生、といった声色を用いて馬褒が話すと、父親は少し意外な表情を浮かべて答える。 「そうですか、休日は極力娘との時間も取るように心がけてきたつもりだったのですが……。彼女も私がいない時に娘のことを色々と世話をして貰っているし、娘にも彼女のことを受け入れてもらえたらと思っているんですがね」    そう話す徹の隣で、黒音は静かに馬褒の方に笑いかけている。口角がそっと持ち上がっているだけで、彼女は何も語ろうとはしない。 「平日は私も中々早く帰ることができないので、彼女の都合がいい日は時々、うちに来て貰っているんです。彼女と娘にはお互いをよく知ってもらいたいし、何より、なるべく娘を一人にはさせたくないので」  話を聞く限りやはり、まどかと黒音が上手くやっていくのを見守る他にないのだろうな、と馬褒は思った。日曜日の昼下がりは天気も良く、雨が降る素振りもない。  けれど明日の天気予報は確か、夕方にかけて、大雨だ。
/5ページ

最初のコメントを投稿しよう!

4人が本棚に入れています
本棚に追加