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プロローグ
芹香が目を覚ますとそこは見たこともない古びた物置き小屋のような場所で、二つほど取り付けられたガラス窓が風によりガタガタと音を立てていた。
カビ臭さが鼻をつき慌てて起きあがろうとしたが、手足をロープで結ばれていたため身動きがとれない。口にも布を挟まれていたため大声を出すことも叶わなかった。
今は何時なのだろう……窓の外がオレンジ色に染まるのが見えたが、それが朝なのか夕方なのかはっきりとはわからなかった。
それからゆっくりと考えを巡らせていく。
高校の卒業式の後、友達と最後のお喋りを楽しんでから自宅に向かって歩いていたら、突然見知らぬ男に進路を塞がれたのだ。
そして私は抵抗する間も無く、背後にいた人物に口を塞がれて意識を失った。
私は誘拐されたのだろうか……。これが拉致監禁というやつならば、犯人が戻ってくるかもしれない。そう考えた瞬間、体中が恐怖に震えた。
今は眠っていたから殺さなかっただけで、もし犯人を見たら私の命はないかもしれない。それとも両親の元に身代金の要求がいっているのだろうか。お金が手に入れば殺されるかもしれない。
周りを見回してカバンを探したが、芹香の持ち物らしきものは何も見当たらない。きっと車に乗せられる時に落としたんだ……。スマホはカバンの中だし、連絡をする手段も、探してもらう術も持ち合わせていない。
どうしよう……このまま誰にも見つけてもらえないかもしれない。お父さんとお母さんとお兄ちゃんにも二度と会えないんじゃないか……そう思うと自然と涙が溢れてきた。
その時だった。窓の外から人の声が聞こえた気がしたのだ。
犯人かもしれない……芹香の体は硬直し、息が出来なくなる。
どうしよう、どうしよう、怖い……! 体が震え、心臓の音が耳にまで響いてくる。
バンッと勢いよく扉が開けられたかと思うと、たくさんの黒ずくめの人々が入り込んできた。
「芹香さん!」
その中でスーツ姿の眼鏡をかけた男性が芹香の名前を読んだ。その人物は床に転がったままの芹香を見つけると、どこか安堵したように駆け寄ってくる。
すぐさま口元の布を取り外すと髪を撫でる。その間に別の人間が足と手のロープを切ってくれていた。
「大丈夫ですか? 怪我などはないですか?」
「……明智……さん……?」
「えぇ、そうです。担架を早く。今すぐ彼女を病院に搬送してくれ」
明智誠吾は周りの人達に的確な指示を出しながら、芹香を安心させるように微笑んだ。
誠吾は大学生の時に芹香の父親の会社でインターンとして働いており、勉強を見てもらったこともある。よく知った顔を見つけ、芹香はホッとして体の力が抜けていく。
「明智さん……怖かった……すごく怖かった……」
大粒の涙が零れ落ち嗚咽を漏らす芹香の体を毛布で包み、強くだきしめる。
「もう大丈夫ですよ……」
彼の腕の温もりに包まれ、芹香は再び意識を失った。
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