1006人が本棚に入れています
本棚に追加
「おはよう。芹香も一緒だったんだね」
「兄さんに確認したい書類があったんだけど、部屋に行ったら明智さんしかいなくて……」
「あぁ、なるほど。でも芹香を呼びに行く手間が省けたから助かったよ」
兄の言葉に首を傾げた芹香に、父が手招きをしたので、そのまま父の机まで歩いていく。
「芹香、お前には黙っていたのだが、実はここ最近ずっと明智くんにちょっと仕事を手伝ってもらっていたんだ」
兄だけではなく、父も絡んでいたのか……それを聞いて、自分だけ何も知らされていなかったのだと知って悔しくなる。私はそんなに、信用ないということ?
しかしそのことに気付いた父が、すかさず口を開く。
「違うよ、芹香。今回は内密に動かないといけないような内容だったんだ。だからその事実に気付いた秀之と、セキュリティのプロである明智くんに調査をお願いしていただけなんだよ」
「そうだったの……」
情報漏洩を少しでも防ぐために、きっと少人数で動いていたのだろう。だとしても、同じ会社で働く身内として教えて欲しかったという想いもあった。
「それでだね、芹香。お前に一つ頼みがあるんだ」
「……今更ですか?」
「あはは! そうつれないことを言わないでおくれ。実は今夜の創設記念パーティーに、明智くんのパートナーとして参加して欲しいんだ」
芹香の顔から血の気がひいていく。眉間に皺を寄せ、唇をギュッと噛み締めた。
「どうして私が?」
「言うなれば、明智くんの仕事はまだ終わってないからだよ。明智くんは業界人にも女性にもモテるから、そのお目付役を芹香にお願いしたいんだ」
「それは……兄さんじゃダメなの?」
「俺も挨拶とか忙しいんだよ」
「どうかな? やってくれるね?」
父の言葉には、芹香に有無を言わさない無言の圧力がかかっていた。
誠吾は芹香の隣に立つと、スッと手を差し出す。
「こんなに美しい女性が隣にいれば、誰も私を引き止めたりしないでしょうね」
「……よく言うわ。私なんて何の力もないもの……」
手を握り返しながらポツリと呟いた芹香に、誠吾は優しく微笑みかける。
「そうですか? 前回お会いした時よりも、更に美しさに磨きがかかってますよ。可愛い少女だったあの頃が懐かしい」
彼の言う"あの頃"とは、家庭教師をしていた小学生の頃だろうか。それとも誘拐されたあの日? どちらにしても、そんな言葉を簡単に口にする彼に苛立ちを覚える。
「あれからどれだけの時間が流れたと思っているんですか? いつまでも子供じゃありませんから」
精一杯の皮肉を込めるが、誠吾はクスクス笑うだけで何も響いていないようだった。
最初のコメントを投稿しよう!