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「それは失礼しました。これからは大人の女性として接しなければなりませんね」
その言葉に芹香はドキッとした。あんなに傷付いたのに、もしかしたらと心のどこかで期待してしまう自分がいた。
私ったら何を馬鹿なことを考えているのかしら……! この人は何年経っても変わらない、私の気持ちなんてわかってないし受け入れるはずがない。そんな人に期待をしたらまた傷付くだけ。私はもう同じ轍は踏まないと決めたの……。
芹香は顔を上げると、父の顔をキッと見つめた。
「……私は明智さんのそばにいるだけでいいんですね?」
「あぁ、その通りだよ」
「わかりました。父の頼みですし、お引き受けします」
するとその瞬間三人がにこりと微笑んだので、芹香はまるで罠にかかった動物のような気分になった。
今日だけよ。そばで立っていればいいだけのこと。たとえ罠だとしても、今日だけは我慢するわ。
「明智さん、会場には皆で移動するのでそちらで合流しましょうか」
「わかりました。では後ほどお迎えにあがります」
秀之と誠吾の会話が終わると、芹香は勢いよく社長室を飛び出した。
* * * *
芹香がいなくなった部屋の中で、三人は顔を見合わせてホッとしたように息を吐いた。
「ちょっと強引だったかな」
秀之が髪をくしゃくしゃと掻きむしりながら、ソファに腰を下ろす。そんな彼を見ながら、父は首を横に振った。
「あの子はあの日以降かなり警戒心が強くなっているからね。あれくらい強引じゃないと引き受けないだろう」
苦笑いをしながら誠吾の顔を見ると、彼もまた頷く。
「たぶん今も納得せずに悶々としていると思いますよ。それに……芹香さんは私を嫌っているようにも思えるので、本当は私は適任ではないような気もしますが……」
誠吾が言うと、二人は顔を見合わせて笑い出す。
「そんなことはないです。様々な事情を考慮した上で、やはり明智さんが適任だってことになったんですから」
「それにこちらとしては、出来れば内密に事を進めたい。それには明智くんの知恵が必要不可欠だからね。芹香はむしろ……いや、まぁそれはいいとして、とにかく芹香を頼んだよ」
「……わかりました」
誠吾自身もどこか言い包められたような気持ちになりながらも、今は仕事をこなすだけだと自分自身に言い聞かせるのだった。
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