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医師と看護師が芹香の様子を確認後、誠吾は芹香のベッドの脇に椅子を置くと、腰を下ろして微笑んだ。
「久しぶりですね。お元気でしたか?」
彼の笑顔を見ると、芹香は胸が苦しくなった。幼いながらも彼に憧れ恋をしていた子ども時代を思い出す。
週に一回、誠吾は芹香の家族とともに夕食を食べてから勉強を教えてくれたのだ。まだ小学生の芹香に対しても紳士的な振る舞いをしてくれたし、爽やかな笑顔と柔らかな物言いは芹香の心を掴んで離さなかった。
きっとお父さんの娘だからだろうな……それでも胸のときめきを抑えることは難しかった。こっそり彼の顔を盗み見てはドキドキし、唇を見ながら漫画で見たキスシーンを想像して頭がパンクしそうになる。
勉強どころじゃないよ……そんなふうに思いながら、時間はあっという間に過ぎていた。
あれから六年が過ぎたが、未だに芹香の胸をときめかすのは誠吾しかいなかった。
「……元気だったんですけど……今はあまり元気じゃないかもしれません……。あの……私は誘拐されたんですか?」
芹香が聞くと、誠吾はじっと彼女の目を見つめる。ことの全てを話しても大丈夫か、見定めているかのような雰囲気を感じた。それからふっと目を伏せると口を開く。
「……卒業式の日の帰り道、あなたは何者かに連れ去られました。ただ防犯カメラが途切れた住宅街な上、あなたの荷物がご自宅近くに投げ捨てられていたため、犯行現場がはっきりとしないのです。些細なことでも構いません。何か覚えていることはありませんか?」
自分が連れ去られていたという事実に身震いがし、今こうして生きていることに涙が出そうになる。恐怖と安堵が同時にやってくる感覚に呼吸が乱れ始めた。
「無理はしなくていいですからね」
その時に誠吾の手が芹香の頭を撫でる。たったそれだけのことなのに、乱れた呼吸が整っていくようだった。
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