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* * * *
それから誠吾は毎日芹香の元を訪れた。芹香からは新しい情報がないことは心苦しかったが、それでも構わないと言ってくれる誠吾に、胸をときめかせずにはいられなかった。
しかしそれもすぐに終わりを告げた。芹香の退院と同時に犯人が検挙されたのだ。ただそのことを報告に来た誠吾の表情はどこか険しく、明らかに喜んでいるという様子ではなかった。
「実行犯の三人組を逮捕しました」
退院のための荷物をまとめていた芹香と両親に誠吾はそう言った。
「ただ彼らは命じられて芹香さんを連れ去り、報酬をもらっただけだそうです。つまり裏で指示を出していた黒幕がいるはずなのに……」
すると父親は誠吾の肩をポンポンと叩き、彼に笑いかけた。
「私たちは芹香が帰ってきてくれただけで良いんだよ」
「ですが……」
「ありがとう、明智くん。君が私の誘いを断ってまでやりたかったこと、しかとこの目に刻ませてもらったよ。これからも応援しているよ」
「社長……」
それから荷物を持って病室から出ていった両親を見ながら、
「あっ、先に行ってて」
と芹香は声を掛ける。すると両親は頷いて扉を閉めた。
芹香は誠吾の方へ向き直り頭を下げた。
「今回は本当にありがとうございました。他の刑事さんに聞きました。明智さんが的確な捜査と判断をしたおかげで私を見つけてくれたって……」
「いえ、それが私たちの仕事ですから。それに事件はまだ終わっていません」
「そうだとしても、私は明智さんに感謝してもしきれません」
そう伝えても、彼の表情を見ればまだ諦めていないことがわかる。
芹香はグッと拳を握り締めて俯いた。こんな状態で彼に気持ちを伝えるのは不謹慎……このまま心に蓋をしてしまおう。
「本当にありがとうございました。では私はこれで……」
そう言って部屋から出ようとした途端、芹香は手に握っていたスマホを落としてしまった。拾おうとしてしゃがむと、同時に誠吾もスマホに手を伸ばす。
二人の手がスマホ越しに触れ合った時だった。お互いの顔が近付き、目と目が合ったかと思うと、まるで吸い寄せられるように芹香は誠吾にキスをしたのだ。
長く感じたけど、きっと時間にしてみれば一瞬のこと。目を開けると、誠吾は驚いたように呆然としている。そこで現実に引き戻された芹香は顔を真っ赤にして慌てて彼から離れた。
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