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部屋の扉をそっと閉め、ゆっくり歩みを進めると机に向かって声をかける。
「……今は私だけです。出てきても大丈夫ですよ」
すると机の下からバツの悪そうな顔をした誠吾が姿を現し、首元を片手で押さえながら苦笑いを浮かべた。
「何故隠れるのかはわかりませんが、とりあえず作業を続けてください。私は一度社長室に向かいますので」
「お気遣いありがとう。でもちょうど終わった所だから大丈夫ですよ」
「そうですか……」
「だから一緒に社長室に行きましょう」
誠吾はパソコンを閉じながら、芹香のことをじっと見つめた。
「……何も聞かないのかな?」
彼の瞳を見つめるのが苦しくて、つい目を逸らしてしまう。とはいえ、窓ガラスに映った誠吾が今も自分を見つめているという環境は、ただ心拍数を上げるだけだった。
「……どうせ兄と何か企んでいるんですよね? 聞かなくたってわかります。お二人は昔から私のことは除け者だもの……」
その言葉を聞いた誠吾が、驚いたように目を見開いた。それから顎に手を当て、何かを考えるように天井を見る。
「いや、ちょっと頼まれごとをしているんです」
「そうですか……どちらにしたって同じです。二人の関係は特別すぎる」
私は一体何を口走ってるのだろう……芹香は誠吾の方を見ることが出来なかった。
誠吾が立ち上がって芹香の横に立つ。すると彼から漂う香水の香りに胸が苦しくなる。
「では行きましょうか」
芹香は表情を悟られないように、俯きがちに頷いた。
常務室を出てから、誠吾と並んで社長室まで歩いていく。静かな空気にホッとしつつ、続かない会話に歯痒さも感じる。そばにいたくないのに、もっと近くで彼の香りに触れたくもなる。
諦めたと言いつつ、やはりどこかで引きずっている自分がいることに気付かされた。
「失礼します」
二人が中へ入ると、広い社長室の中には大きなガラス窓から明るい日差しが差し込んでいる。
部屋の中では父と兄の秀之が待っていて、芹香と誠吾が一緒に部屋に入って来たことに驚いた様子だったが、すぐに笑顔を浮かべた。
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