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『お客様にご連絡致します。二十三時四十分頃停車先で人身事故が発生した為、当列車は暫くこの駅で運転を見合わせます。ご迷惑をおかけし申し訳ありません。』
今日もまた誰かが死んだ。
東京に来て四年が経とうとしているが、ここでは毎日のように人が自ら死んでいく。
その訃報は余りにも軽く、知らない誰かの死に携帯を向ける男子学生や舌打ちをするサラリーマン、そそくさと電車を出て行く女の子、悪くもないのに謝る駅員。
こんな光景を何度も見てきた。
SNSを開くと「迷惑かけずに死ね」と「死んだ人がいるのにそういう考えは不道徳だ」がいつも通り交差していた。
死にたい人が死んだ、どこの誰かも知らない人が死にたくて死んだんだ。きっとその人はこういう死に方をすれば文句を言われるのも分かった上で選んだんだ。
こういう考えを持つ自分もまた不道徳なんだろうか。
朝七時に六つ目のアラームで起き、洗顔にスキンケアに歯磨きを済ませると三十分になろうとしていた。着替えを済ませ五つのサプリを水で流し込み、化粧をして日焼け止めを塗りドライヤーとアイロンで髪を整える。それだけで起きてから既に一時間と十五分が経っている。家を出て最寄り駅まで十分程自転車を走らせ、そこから職場まで一時間電車に揺られる。
電車で携帯のスケジュール帳を開くと仕事の予定とタスクがびっしりと入っていて、もう金曜日なのかと毎度曜日感覚の狂いと一週間の早さを実感させられる。
自分の生活の殆どが仕事に蝕まれているのだと、今日もまた生きることに絶望するのだ。
会社近くのコンビニに寄ると、喫煙室ではいつものように上司の三枝さんが煙草を吹かしていた。
「おはよう。昨日電車大丈夫だった?ちゃんと帰れたか?」
喫煙室は彼の愛煙しているセブンスターの匂いが立ち込めていた。
「おはようございます。帰れましたよ、家に着いたのは一時過ぎましたけど。」
「それは災難だったな。でもお前は偉いよ。それでもちゃんと来るんだもん。」
三枝さんはうちの会社でも評判の良い上司だ。三十代にして役職を持つ程に仕事が出来て、時に厳しくもちゃんと良い事は褒めてくれる優しい部下からも信頼の厚い人。正直私も三枝さんの部下だから耐えられているところがある。
「ちゃんと来ますよ。生きていく為なので。」
私の口から煙が漏れるとセブンスターの中にキャスターの甘い匂いが混じり、煙たさが増した。
「もしお前が来なくなったら俺が家まで行って生存確認しないといけないから、部屋見られたくなかったら死ぬ時はちゃんとまず俺に連絡しろよ?」
三枝さんは「面倒臭い」という顔をしながら優しい目で笑った。
もしも私が死ぬことにしたなら、きっと死ぬ直前に彼は上手いこと私を丸め込むだろう。それほどに私が彼に信頼と好意を寄せているのを自覚しているのだ。それが嬉しくもあり、少し恥ずかしくもあった。
「じゃあ『さようなら』って一言LINEで送りますよ。」
「LINEはだめ。最後くらい電話で言って。」
ほら、きっとこの人は私を死なせてはくれない。
特別な事なんて言っていない。ただ煙草を吸って雑談をしているだけ。
彼も分かっている。その一言が私を救うことを。
掌で転がされているのは私も分かっている。
それでも私は
彼のお陰でまだ死ぬことは出来ないでいる。
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