それでも世界は廻る

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『お客様にご連絡致します。二十三時四十分頃停車先で人身事故が発生した為、当列車は暫くこの駅で運転を見合わせます。ご迷惑をおかけし申し訳ありません。』 大学の帰りに乗った電車がいつもは止まらない駅で止まった。俺の降りる駅はこのひとつ先だったが一キロ以上は歩かなければならない。美術系の大学に通う俺にはタクシーに乗る余裕が無かった。本当なら一分でも早く家に帰り制作中の作品を進めたいところだが、今の俺にはその気力も無かった。 俺はそのまま自動ドアに頭をもたれ掛け、ぞろぞろと出ていく人達を眺めていた。 最近自分が何を創りたいのか分からない。もうあと半月で卒業制作を創り始めないといけないというのに、何も浮かばない。だけどそこに「焦り」も無かった。俺にあるのは「虚無」に近い何か。 それに気付いてしまった自分が一番怖くて思わず涙腺が緩みそうになった。 「自殺したのって女子中学生ニ人らしいよ」 溜まったものを堪えるように目を閉じていた俺に聞こえたのは、人混みの中に埋もれた話し声だった。目を開くと声の主が誰か分からない程にホームは人でごった返していた。俺は直ぐに携帯を取り出しSNSを開いた。だがそんな情報は何処にもない。聞き間違いだったのだろうか。 でももし本当なら何故ニ人は自殺を選んだのだろう。何故この場所、この時間だったのだろう。 俺はいつの間にか彼女達の想像に取り憑かれるように考えに耽った。 学校で虐められたのだろうか。それとも家庭内暴力とかだろうか。いずれにしてもニ人で死のうと決めたのは何故なのか。死ぬ時は各々で飛び込んだのか手を繋いでいたのか。中学生と分かるのなら制服を着ていたはずで、学校が終わってからこの時間までどのように過ごしたのだろうか。 思考を張り巡らせていると開いた自動ドアの向こうからふわりと優しい香りが通り過ぎた。今年になって初めての金木犀の香りだった。駅の外には月光に照らされたオレンジ色の花々が並んでいた。確かこの金木犀は線路沿いにずっと続いている。彼女達もこの匂いを最後に嗅いだかもしれない。 俺は久しぶりに携帯で写真を撮った。 月光に照らされた金木犀に並ぶ人々。 彼女達が創り出したこの空間が、何故だかとても美しく視えた。 俺は足早に人混みの中を抜け一駅先の自宅へと急いだ。自宅に着いた頃には中のTシャツが少し汗ばんでいた。けれどそんなことはどうでも良かった。 買ったばかりのキャンパスを取り出すと、荒々しく塗り潰し繊細に書き込んだ。彼女達の物語を想像しながら。会ったことも見たこともない彼女達。でも彼女達が存在し、今日あの瞬間に消えたのは確かなのだ。 筆を下ろした頃にはカーテンの隙間から白い光が差し込んでいて、窓を開けるとそこからは秋晴れの優しい太陽の香りがした。
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