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国王が急逝した。
18になったばかりの王子は急遽即位、戴冠式と同時に婚約者であった隣国の姫と婚姻の儀をも執り行った。
喪があけたばかりの慌ただしい中で用意された式はそれでも豪奢で華々しく、すっかり暗く沈んでいた国には新たな光が差し込んだ。
祝福の宴は三日三晩続けられ、すっかり生活が元通りになった一週間を過ぎてもなお、国民の表情には明るさが灯っていた。
対して、宴が終わるや否や執務室に籠り、日々積み重ねられる書類の山を目の前にしている私は。
「陛下。お顔の色が優れませんが、議会の時間でございます」
「……わかったわ。国王陛下は?」
「お休み中でございます」
「はぁ……」
隠すことなくため息を吐いた。
声を掛けてくれた宰相のリッチーは表情を変えず、本来仕えるべき主人の不在に意を唱えることもない。
本来仕えるべき主人。
それは、即位して間もない現国王陛下であり私の夫となったライオネルのことだ。
戴冠式と婚儀の後、ライオネルは寝室から出ることもなく「俺はしばらく休む」と宣った。私との初夜を迎えることもなく。
おかげで隣国から嫁いできた私は立場上、ライオネルの代わりとして国務を執り行わなければなくなった。
隣国の姫であった私が、嫁いで三日で、内情も知らされていない国務を。
馬鹿げているとしか思えない。
「はぁ……」
私はため息をもうひとつ漏らした。
実父の死、性急な王位継承、もちろん同情の余地はあるけれど。
それでも、王族として生を受けた以上は何事にも左右されず人前に立たなければならない。私たちの血は、自ずとそうさせるものだと思っていたのに。
――彼は違うのかしら。
前国王陛下の面影が残る、まだ若くも精悍なライオネルの戴冠式の堂々たる出立ちを思い出しながら、矛盾した今の現状に首を捻るばかりだった。
❇︎❇︎❇︎
議会の場で口を開くのは大体が召集された貴族たちだ。ああでもないこうでもない、と議論が白熱しだし、収まりどころが見失われた時にようやく口を開くのが議会のトップ、王族だ。
そしてそれまでの貴族たちのすべての意見を考慮、まとめて結論を提示するのが、王である父のすごいところだったなぁ……と私は一瞬のうちに現実逃避をしかけていた。
でっぷりと肥えた腹で嫌味な笑みを浮かべる大公が、絶妙な言い回しで悪態をついてくるものだから、つい「めんどくさいなぁ……」と思ってしまったのが原因だ。
その他にも半数ほどのいい歳をした貴族がにやにやと私の反応を窺っている。
わかりやすく大公寄りを示していた。
「――それで、陛下。今回のことはどうお考えですか? 王都に起こった災害に、私が尽力を尽くした件は」
「どうとは?」
「……まさか、私のお話を聞いていなかったのでしょうか」
さすがに女王を前に大きく嘲ることはしない。
けれど口角の上がったその表情は愛想笑いなどではなく、存分に私を見下すものだった。
大公を支持しているらしい貴族たちの間からは失笑とも取れる冷めた空気を浴びせられた。
――隣国の姫が、嫁いで間もなくその座につくなど。
――世も知らぬ幼い姫に何ができる。
前国王への忠誠心が残っているための反発ではない。私を試しているものでもない。
議会のたびに始まるこのやりとりは、ただ新参者の私を嘲笑するだけに行われていた。
「話を聞いた上で問うているのです」
私の失言や無知から、あわよくば王位に就いたライオネルの失脚を狙っていることなど透けて見える。
ふ、と口元を緩めて相手を見やった。
少々扱いにくいと前国王陛下は評価を甘くされていたようだが、これは確かな反乱分子だ。
ライオネルの統治下となった今、ここぞとばかりに飛び出した釘は打ち付けておかなければならない。
「長雨のせいで国の中心を流れる川が氾濫、一部被害を被った地がある。その地の修繕と復興を大公が担った。もちろん褒められるべき事柄ではありますが」
国の中心には大きな川が流れている。その右側に王都、左側に大公の治める領地がある。
今回の川の氾濫は王都寄りに起こったもので、一見すると領地外のことなので大公の意見が真っ当に聞こえるだろう。
けれど、その実は小賢しい私への嫌味だ。
「それは、王都ではなく大公の治める領地内で起こったことでしょう? 川より左側が大公の治める領地ではありますが、川を挟んで王都寄りにもう一部治めている地がございますね。……大公妃のご実家があるとか」
「な、なぜそれを」
「私があなた方の治める領地を子細に記憶してないとお思いなのでしょうか」
でっぷりと肥えた腹を震わせ、大公は無礼にも私を睨みつけた。
貴族の間からはわずかなどよめきが起こる。大公の治める領地が王都の一部まで及んでいることは、ここにいる貴族たちは知らなかったのだろう。
「それにしても、たとえそれが本当に王都に起こった災害であれば、その長雨とは一体いつのお話ですか。私が嫁ぐ前とはいえ、報告にも上がっていないようです。偽りなく大公の領地外の仕事だったのなら、これまで懐でその栄誉を温めていた理由はなんですか?」
大公はわなわなと唇を震わせ、そして煩わしそうに噛んだ。
貴族たちには沈黙が落ちた。
「報告書を認めるための、文字の読み書きができないわけではないでしょう。私を試すおつもりでしたか?」
にっこりと。
まさか、自国のことを学ばないはずはないが、今のライオネルには付け入る隙がいくらでもあるように思える。私がそう考えるのだから、大公だってもちろんのこと。
「それとも、ライオネル陛下をお試しに?」
飛び出した釘は打ち付けるか、その首を打ち折ってしまわねばならない。
わざとゆったりとした口調にしてやると、大公の赤黒い怒りは瞬時に青ざめていった。
いくら隣国からやってきて間もない女王を相手にしているとはいえ、その背後には誰がいるのか。
王位継承権を持っていたとて敵わない、絶対的な覇者がいるのだと、余裕を見せて。
「本日の議会は以上としましょう」
あえて打ち折らずに、見せしめのために打ち付けるに留めた。
❇︎❇︎❇︎
「お見事でした」
議会室を離れると、リッチーが穏やかな声でそう言った。
リッチーはライオネルが私につけた唯一のこの国の情報源であり、相談役でもある。
宰相という肩書きにふさわしく堅苦しい雰囲気をいつも纏わせており、ライオネルの言いつけ通り私に対して忠実に職務をこなす信用できる人物ではあったが、微笑みを見たのは初めてだった。
「大公殿下は前国王陛下にも変わらぬ物言いをされるお方ですが、まさかあのように返り討ちにされるとは……」
「前国王陛下は大公のことを『扱いにくい』と申していたわ」
「そうでしょう。実の弟君でもございますから、かなり目をつぶっておられました」
「目をつぶるのではなく、敢えて野放しにしていたのではないかしら。肉親への情には厚いお方だったから」
「……なるほど。陛下は大変に聡いお方でございますね」
「お褒めに預かり光栄だわ。あなたの主人もそろそろ満足してくださるかしら?」
暗に含め、微笑み返すとリッチーは一瞬だけ目を丸くした。
しかしすぐに咳払いをひとつし、「それにしても……」と元の話題へ戻された。
「陛下が我が国の領地を子細に学ばれているとは、失礼ながら思い至りませんでした」
「いずれは嫁ぐ国のことだもの。学んでいたわ」
「だとしましても、大公妃のことまで……領地を大公にお与えになった件は、前国王陛下が内密にしていたことです」
表向きは内情など知るはずのない私だ。
リッチーが訝しがるのも無理はなく、今の身分やライオネルが『お休み中』でなければ反逆者として尋問されていたかもしれない。
それでも私に敵意を向けてこないリッチーには、あるいは「狸なのでは?」と思うこともあったが、どうやら確信が持てないだけのようだった。
私は吐息を漏らして小さく笑った。
「前国王陛下は、肉親への情が本当に厚いお方だわ。特に、自らの血を分けた方には。……あなたの目も掻い潜っていたなんて」
それだけ言うと、リッチーは眉尻を下げて口元を緩めた。
「まったく」と口を突いて出た言葉とは裏腹に、以前の主人を懐かしむように柔らかな雰囲気を纏うと、私と一緒に笑った。
前国王陛下は私の母、つまり隣国の女王とは従兄弟の関係だった。それゆえにライオネルとの婚約話は幼い頃から上がっており、互いの社交界デビューを機にとんとん拍子で決まってしまっていた。
前国王陛下は定期的に国を訪れては私に会いに来た。それだけでなく、手紙も頻繁に送られてきた。
婚約したのはライオネルだけどそちらの音沙汰はほとんどなく、前国王陛下とだけ仲が深まるのは不思議なことだった。
とはいえ、年若い私に対する淫猥な情はもちろん持ち合わせておらず、私のことを気遣い可愛がってくれる血族の良いおじさんであり、未来の義父でしかなかった。
単純に、恵まれた結婚になるのかしら、としか思っていなかった。
けれどある日の手紙から私の立ち位置は大きく変わった。
前国王陛下から届いた何気ない、いつも通りの手紙。封を切って中を確かめて、私は硬直した。
そこに認められていた内容。前国王陛下が統治する国であり、将来私が女王となる国の内情。
密書というべきほどの重さに、私はしばらく冷や汗が止まらなかった。
それからたびたび送られてくる手紙はまさしく密書となり、機密を平然と送り出す前国王陛下に不信感を抱いたが、私を訪れる頻度は変わらず態度も今までのままだった。
しばらくの間はその二面性に翻弄されていたけれど、ようやく前国王陛下の思惑を読み取った時には多少の怒りと「やられた」とため息を吐くことになった。
それはもう本当に、ずいぶんと情に厚いことで、と。
コンコン、と大層な紋様の施された扉をノックする。
本来であれば仕えている侍女や侍従、あるいは部屋の主人が返事をするものだろうが、あいにくこの部屋の主人は無言を貫いた。
というより、ずっとこの調子だった。
後ろに下がったリッチーが特に何も言わないので、私は扉に声を掛けた。
「ライオネル陛下。そろそろお顔を拝謁したい貴族が多くいるようです。部屋からお出になりませんか?」
「もう少し休む」
返ってくる返事は怠慢で気だるげで、いつも同じ。
それはわかっていたので言葉を繰り返すつもりはないが、先ほどまで前国王陛下のことを思い出していたせいか一言二言、小言は残してやりたくなった。
あのお方がなぜ私の元へ甲斐甲斐しく通っていたのか、他に悟られてはならない密書を送り続けてきたのか。
かけられる情は、本人が気づかないことには意味を成さない。
「……私が国務の頂点に立っては、ライオネル陛下が軽んじられます。それに反発心を抑えるにも限度がございます」
どちらも本心であり、本心ではない。
私があの貴族たちを完膚なきまで抑え込めば、それこそライオネルの立つ瀬はなくなるだろう。
それだけの力は持っている。持たされてしまった。
反発心を残しながら抑え込む加減に、限度があるのだ。
「一度、威厳を示されてください」
すぐに出ない返事だろうとしばらく扉の前で待ったけれど、ライオネルはまた無言を貫いた。
はぁ、もう、とイラつきを通り越して私は呆れた。
前国王陛下はいつか王位に就くライオネルのために私を精査し、知識を植え付けたのだ。
反乱分子である大公を野放しにしているのは肉親の情からではなく、王位を狙うその野心を叩き折るために機を狙っていた。もし前国王陛下の代にそれが成されなければ、即位して間もないライオネルに反乱するだろうと。
だから私にこの国の知識を植え付けた。
……まさか、宰相のリッチーの目すら掻い潜っているとは思わなかったけれど。
肉親、特に自らの血を分けたライオネルには、子煩悩というまでに情を注いでいたのだ。
私のことを可愛がり、上手く手中に収めてから逃げられないようにして。
そしてそれは、無言を貫くライオネルも。
「私の信用を疑うのは結構ですが、親子で利用しないでくださいませ!」
ふん、と踵を返すと、リッチーを置いてさっさと執務室へと足を向けた。
「くくっ……」と扉の向こうから堪えきれない笑いが聞こえた。
リッチーはそれを耳にして、追いかけようとした足を止めた。それに気づいているのか、部屋の主人は若いながらも深みのある声でリッチーの名を呼んだ。
「リッチー。ばれたのか?」
「えぇ、聡いお方です。ライオネル様がお試しなのを分かった上で動いていたようです」
「ふむ。……親子で、と言っていたな。それについては?」
「それは、陛下……あなた様のお父上の方が、上手だったということです」
「なるほどな。父上め」
「俺には会わせず、自身が親しくしていた理由がこれか」と部屋の主人はつぶやいた。
前国王陛下のやり方は宰相としては頭の痛くなるものだ。だが、ライオネルの性格を考えれば、リッチー個人としては「さすが」と言わざるを得なかった。
ライオネルは武術を得意とし、戦線における知略では何よりも才を発揮する。それゆえに政務が不得手かと問われるとそちらもそつなくこなすのだが、如何せんやる気が見られなかった。
その上で女性に興味がなく、婚約が決まり前国王陛下が熱心に通っていたにも関わらず、それを放置していた。
不審に思うことさえしなかったのだろう。一度も関心を示したところを見なかった。
さらには、前国王陛下亡き後、即位して間もなく嫁いで数日の姫君に国務を押しつけている今だ。いくら謀があるのだろうとはいえ、自身の立場すら顧みない傍若無人ぷりには冷や汗が垂れる。
「思うところはございましょうが、私は感謝に堪えません」
本音を漏らせば、ライオネルは悪びれなく豪快に笑い声を上げた。
「すまないな、リッチー。もう少し待て」
「機が熟す頃には、ライオネル様は嫌われているやもしれませんな……」
「なんだ、随分と気に入ったようだな」
「有能なお方です。必ずライオネル様の手の内に」
「名はシンシアといったか。……ま、働き次第だな」
笑いを納めたライオネルは「もう行け」と言った。
リッチーは扉を前に背筋を正すと、恭しく一礼をしてから踵を返した。
❇︎❇︎❇︎
それからも大公とシンシアは議会で顔を合わせる度にやりあっているらしい。
政務の細かな部分を突きマウントを取ろうとする大公に、父上によって育て上げられた未熟な女王は尻込みすることなく大公の悪意を跳ね除けているという。
返す口のなくなった大公は唇を噛み、徐々に大人しくなっていると。
「お見事」と称賛するリッチーから、毎度そのような報告を受けていた。
「お前が大層気に入っているのと、やり手なのは十分にわかった」
「えぇ、ライオネル様にぴったりな方でございます。あの方の仕事ぶりをそろそろご自身の目で確かめてはいかがです?」
「いや、まだいい」
まだその時ではない。
俺はリッチーとの間に挟んだ扉に背を預け、歯噛みする大公を思い浮かべてにんまりと口角を上げた。
少しずつ大人しくなってきているのなら、そろそろ行動に移す頃だろう。
「リッチー。大公の領地に偵察を送れ」
「かしこまりました。……しかし、すでに女王陛下がそうされました」
「何?」
「先日、偵察隊を送りました」
「……おい、そんな報告は受けてないぞ」
「内密にとの命でしたので」
「俺からすっかり寝返ったようだな」
「まさか。とんでもございません」
リッチーは焦りを感じさせず答えた。
俺もリッチーの忠誠を疑っているわけではないし、別に咎める気もない。それほどまでにシンシアという新しい女王を信頼しているということだ。
堅物のリッチーまでも取り込む手腕には、少し興味が沸く。
「なぜシンシアは偵察隊を?」
その理由が「気になったから」という明瞭なものでなくても、今のタイミングで勘が働いたのは運がいい証拠だ。
特に期待せずリッチーに尋ねたわけだが、その答えは俺の予想を大きく上回った。
「口では敵わぬと悟っても、大公殿下は王位を諦めはしないでしょう。それならばライオネル様が表に立たぬ今、早急に事を起こすだろうと」
「……お前が助言したのか?」
「いいえ。あの方はご自身の領分を弁えておいでです」
「自らの弱点を知っていると?」
「無礼にも言葉をお借りするなら――……女である私は戦線に立ったことも、指揮をしたこともない。ねじ伏せにくるとすれば、そこが弱点になるでしょう、と」
一瞬、言葉を失った。
それだけ自らの弱みを理解し、大公の動きを先回りして読んでいるのに、なぜ俺に頼ることもせず立ち向かっていこうとするのか。
腹の底から笑いが込み上げそうになる。
大きく弧を描いた口元を誰が見ることもないのに掌で覆い隠すと、唸るようにつぶやいた。
「それが王族の血か」
正直なところ、大公を炙り出しさえすればシンシアはどうなってもいいと思っていた。シンシアだけでは完全に討ち取ることはできないだろうし、精々力を尽くしても相討ちだろうと。
だが、それでは惜しくなった。
「リッチー。偵察隊を送ったのはいつだ?」
「一週間ほど前です」
「ならば、もう来る頃だろう」
そう予期した通り、翌早朝から城内が慌ただしくなり王都も緊迫感に包まれていった。
「大公軍の動きは?」
「予想通りです」
偵察隊を送ってからたったの一週間。
まるで急ごしらえで軍を成した大公軍は、身を潜めることなく川向こうから王都へ攻め入ってきた。
数は多いがそのほとんどが領民らしく、一直線に向かってくるので時間はかかるが制圧は容易いだろう、と騎士団長は言った。
攻めの姿勢よりも守りを重視した騎士隊の配置が功を奏したようだった。
「むやみに殺さず、捕縛に務めてちょうだい」
「はっ。女王陛下」
まだまだ気を抜けずとも、戦線を幾度となく駆け抜けてきた騎士団長が言うのだから間違いないだろう。
無意識に吐いた小さな息だったが、誰の耳にも、私の耳にも入ることなく、それは執務室に駆け込んできた伝令騎士の焦り声にかき消された。
「至急、ご報告を!」
「何事だ」
騎士団長が落ち着いたままに問うと、伝令騎士は乱れた息のままで姿勢を正した。
「城の裏手より騎士隊を率いた大公殿下が攻めてきました。そちらは守りが手薄で、まもなく突破されそうです!」
「なんだと。王都にいる騎士を呼び戻せ!」
「いえ、それでは数に負けて突破されてしまいます! 女王陛下と共にお逃げ下さい!」
「それは悪手だなぁ」
その場の空気とは正反対に、気だるげで間伸びする、けれど誰の耳にも届く威厳を秘めた声が私たちの動きを止めた。
執務室の入り口を塞ぐように立っていた伝令騎士が振り返り、強張った表情でその場を退いて敬礼をした。
「ライオネル陛下!」
私が声を上げると、ライオネルはぴしりと着こなした騎士服に黒の手袋をはめながら敬礼したままの騎士団長に言う。
「ずいぶんと守りに走ったな。俺の勇敢な騎士団はどこへいったんだ?」
「陛下がいらっしゃらないからですよ」
「シンシアがいるだろう。力不足だったか?」
「まさか。ですが、女王陛下にあなたほどの無茶をさせるわけにはいきません」
「それもそうだ」
手袋をはめ終えたライオネルはスタスタと軽快に私の前までやってくると、戴冠式ぶりに見せたその顔にわずかな笑みをのせた。
「シンシア。あなたのおかげでようやく大公を討ち取れる時がきた。感謝する」
「私がいなくともできたのでは?」
「いや、あなただからできたのだ」
「……まだ終わっていません」
「もちろん。ここからは俺にしかできないことだ」
ライオネルは緊張に固まる私の髪を掬い取ると、腰を折って顔を近づけた。
私を見上げる、その瞳が挑発していた。
「俺はあなたを気に入った。すべてが終わったら、シンシア、あなたを手に入れる」
「な……っ!」
「必ず、掌中の珠に」
そして落とされた唇は髪に触れ、そこから私の身体中に熱が広がった。
肌を染めた私を見てライオネルは楽しげに笑い、大公を討つべく騎士団長と共に執務室を出ていってしまった。
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