【読切・完結】

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【読切・完結】

江戸の治世も半ばとなれば、桜の花見は貴人も庶民もへだてなく、春を祝うルーティーンとして定着している。 ことさら花の都のそれは格別で。 シダレ桜に山桜、福々しく花びらを重ねた八重桜。百花繚乱(ひゃっかりょうらん)とはかくのごとしと思われる山のなかば。 ひときわ枝ぶりのいい桜木が目立つ広場は、緋色(ひいろ)毛氈(もうせん)がいくつも敷かれ、華やかに着飾った大店(おおだな)の商人や貴族らのグループが、家人や仲間あるいは水茶屋(みずぢゃや)茶汲女(ちゃくみおんな)を連れ出して笑いさざめき、全力でリア(じゅう)アピールにいそしむ。 豪奢(ごうしゃ)色柄(いろがら)の重箱に贅沢(ぜいたく)酒肴(しゅこう)を尽くし、"()え"マウント合戦(がっせん)にも余念がない。 そこにトボトボと1人歩いてきたのは、江戸仕立ての素鼠色(すねずみいろ)の着物の上に十徳(じゅっとく)を羽織る、町家のご隠居めいた白髪の好々爺(こうこうや)で。 太鼓橋(たいこばし)(たもと)に、桜の花びらの絨毯(じゅうたん)を敷きつめた日だまりを見つけると、さっさと尻を落としてあぐらをかく。 片手にチョコンとたずさえていた鶯色(うぐいすいろ)の小さな風呂敷包(ふろしきづつ)みをほどけば、竹の皮にくるんだ白いおにぎりを取り出しムシャムシャとうまそうにほおばりだした。 「なんじゃ、場違(ばちが)いな(じじい)」 典雅な絶景(テリトリー)に一点スミを塗りつけられた不快をあらわにし、(みやび)なリア(じゅう)どもは、イラついた猫のシッポのごとく(おうぎ)をせわしなくパタパタとふりあおぎながら、いっせいにブーたれた。 そのうち、呉服問屋の道楽息子(どうらくむすこ)が、ふっと気付いて声をあげる。 「あれぇ、あの(じい)さん。よう見れば、尾形光琳(おがたこうりん)じゃないか!」 「光琳翁(こうりんおう)といえば、かの二条さまがご贔屓(ひいき)にしてはる、えらい腕のいい絵師(えし)と噂の御仁(ごじん)やないですか」 「そうや。黄金やら白チョウ貝で細工した(なつめ)[※漆塗りの茶器]をお茶の師匠に見せてもろうたことがあるが、そりゃあ贅沢(ぜいたく)で綺麗なシロモンやったで」 若旦那(わかだんな)がウットリとタメ息をつくと、あたり一帯からドッと嘲笑(ちょうしょう)があがった。 「それほどの風流人なら、金銀蒔絵(きんぎんまきえ)の立派な重箱をご自分であつらえたらいいものを」 「よりにもよって貧相(ひんそう)な竹の皮なんぞで弁当をくるんで。落ちぶれたものよ」 「おおイヤだ。粋人(すいじん)の風上にもおけぬ。みすぼらしや」 愚弄(ぐろう)の声が聞こえぬはずもないが、光琳翁(こうりんおう)、大きなおにぎり3つをペロリとたいらげるや、トントンと腰を叩いて立ち上がり、残った竹の皮をヒョイッと無造作に川に投げ落とす。 そのまま、ときおり川辺の桜の枝ぶりを見上げながら、ゆるゆると橋を渡って去っていった。 やがて、 「うわあ、ごらんよ、あれ」 「まあ、綺麗! (にい)さま、取って取って」 と、橋の上を通りかかった幼い兄妹が騒ぎたてると、にわかに野次馬(やじうま)が集まりだした。 (みやび)な貴族や豪商たちも、好奇心につられてイソイソと橋にあがり、川をのぞきこむなり「あっ」と目をむいた。 ゆったりとした清いせせらぎの真ん中にプカリ浮かんでいる竹の皮の上には、華美(かび)で優雅な桜の紋様の蒔絵(まきえ)が遠目にも(きら)びやかに彩られており、人々の羨望(せんぼう)と花吹雪を浴びながら、惜しげもなく悠々と流れ去っていった。   ---オワリ--- [注釈] 時代考証および京都弁は中途半端でメチャクチャです。 悪しからずご了承ください。 昔どっかで聞いた尾形光琳の逸話(うろ覚え)をアレンジしました。 ちなみに私はこの話を聞いた時、おにぎりに絵の具がつきそうで、ちょっと引きました。 タイトルは、尾形光琳の名画の中で個人的に一番大好きな「紅白梅図」をもじりました。 了
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