『医龍』を知ったら、全身麻酔のときやっぱり数えちゃうよね

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『医龍』を知ったら、全身麻酔のときやっぱり数えちゃうよね

ドラマ『医龍』で、阿部サダヲさん演じる天才麻酔医の荒瀬門次なる人物がいた。彼はいかなる患者も、「ひと~つ、ふた~つ……」とゆっくり数えて「にゃにゃ~つ(7つ)」で見事に意識を落としていた。 その後しばらくして、私に手術の話が持ち上がる。卵巣を片方摘出しなければならず、泣くほど落ち込んだのだが、一方で「全身麻酔を観察するチャンス」とワクワクしていた。 入院。そして手術前夜に麻酔医から副作用の説明を受け、いざ出陣である。 看護師さんに案内され、スタッフ専用のエレベーターで見知らぬエリアへ入る。てっきりドラマのようにストレッチャーで運ばれるのかと思ったのに、自分の足でテクテク歩いていくのが、どこか楽しかった。 ピクニック気分で手術室へ向かうと、急に雰囲気が変わった。「アメリカのエリア51みたいだな。見たことないけど」などと思いながら、近未来的な金属っぽい通路を進む。いくつかある扉には、それぞれ大きく「1」「2」……と番号が書かれていた。そのうちのひとつに案内される。 手術室を見たかったがそうはいかず、前室のようなところでストレッチャーによじのぼった。横になり、温かいアルミシートのようなもので全身を覆われる。肌が露出しないよう丁寧に、しかし素早く、シートの中で衣服をはぎ取られる。麻酔科のスタッフと思われる数名が私の周りでテキパキと作業し、点滴やら何やらを装着していく。いよいよそれらしくなった。 おじさん先生が、私の顔をのぞき込む。 「腕、ちょっとチクチクすると思いますよー」 「はーい」 あ、本当だ。 点滴刺した方の二の腕、すぐにチクチクしてき…… 苦しい!! 何これ! 急に呼吸が苦しくなった! まったく呼吸ができない。声も出ない。ひどく嘔吐(えず)いているのに、誰も気づいてくれない。 え、何これ何これ、苦しい苦しい! 周りにこんなに人がいるのにどうして誰も気づいてくれないの! 私死んじゃうよ! 大混乱していたら、そばでテキパキ作業していた女性が、ついでのようにサッと酸素マスクを着けてくれた。いやもっと早くやってくれよ。それともそんな慌てることじゃないのか? いやいや。 その直後、おじさん先生が衝撃の一言を発した。 「手術終わりましたからねー」 耳を疑う。 終わった? 手術が? いつ? 今? ならば私は、いつ落ちたのか。 まったくわからん。 でも言われてみれば、急に部屋の空気感が変わった。周りの人たちは真剣な顔でいろんな処置をしているし、私は私で、なんか猛烈に暑い。 ようやく呼吸が落ち着き、「大丈夫ですかー」と声をかけてきたおじさん先生に、私はへろへろな声で質問した。 「麻酔、いつやったんですか?」 術後の第一声がそれかよ、と自分でもあきれるが、どうしても知りたい。一体いつ私は眠らされたんだ。 「腕がチクチクしたときだよー」 あれかぁあああ!!! てっきり栄養剤とかの点滴だと思ってた。 せっかくの全身麻酔だったのに。 数えるチャンスを逃してしまい、私は大いに悔しがった。 ちなみに麻酔が切れたときの呼吸困難は、もらっていた麻酔の説明パンフレットにちゃんと書いてあった。要するに麻酔の影響で、のどの筋肉がすぐには動かなかったわけだ。 「慌てないように」とも書いてあった。 しっかり慌ててしまってお恥ずかしい。 初めての全身麻酔は、数えるチャンスを逃しただけでなく、呼吸困難、発熱、頭痛、嘔吐と、散々な結果となった。   * 数年後。二度目のチャンス到来。 今度は残った方の卵巣の手術である。全摘じゃないのが不幸中の幸い。 こんなに何度も手術手術で自分の体を嘆かずにはいられない私にとって、全身麻酔で落ちるまでカウントすることは、唯一の楽しみである。 あの点滴が、あのチクチクが麻酔なのは理解した。今度こそ失敗は許さん! 絶対に数える! そしていざ、二度目の全身麻酔。 「それ、麻酔ですか?」 「そうですよー」 腕に刺された点滴の針を凝視する。 「じゃ、麻酔入れますねー」 今度の先生は、ちゃんと開始を教えてくれた。 カウント開始である。 ひとーつ……ふたーつ…… ワクワク。 みーっつ…… ワクワク。 にゃにゃーつ。 ハイ落ちたー。いや、落ちないな。 やーっつ……ここのーつ…… まだ落ちないな。 とーう…… 大丈夫かいな。 ちゃんと麻酔入ってるのかいな。 じゅういーち…… 二度目の全身麻酔は、11まで数えて、「あれ? 全然落ちないな」って思ったところで落ちたようだ。あと麻酔から覚めたあとの頭痛や嘔吐も、今回はまったくなかった。ただものすごく、のどが乾いた。しかも術後は水を飲んではいけないと言われ、翌朝まで地獄を味わった。 麻酔を入れてから11数えるまで起きていたのは予想外だったが、目的を果たし、二度目の全身麻酔は存分に楽しむことができて満足である。 母には「何やってんの」とあきれられた。
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