妄仙胞子

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「そうか。ミスズは大祓でどうにもならなかったか」 「ええ……他にも幾らかの人たちは治すことができなかった。その後に起きた流行病もまた、そうだった。これは、紛い物の神力よ」  紛い物、言い得て妙だな。やはり大凡は悟ってあるか。 「……ときにつかぬことを聞くが、流行病の出る前、山で雨乞いをしていたそうだな」 「ええ。でも、父のようにはならなくてね」  その目は遠くへ向けられた。後悔と、寂寞と、少しの憧憬(しょうけい)。そんな目だった。 「痛み止めに効能のあるものが多く見えたが、それは誰のためだ?」 「え……それは」 「自分のためか?」  イヅナの瞳は一度見開いた。 「……どうして、分かったの」 「怪異に侵食された身はそうなるもんだ。放っておけばやがて死ぬ。厚着をしているのもそのせいと身受けるが」 「さすが見聞師さんね。怪異……そう、あれはそのように言えるものだった――」  外の風が書物をペラリと音たてた。 「話、聞かせてくれないか。再び(きた)る流行病を防げるかもしれん」 「そこまで分かっていたの……」  イヅナは深々と息を吐いた。そして近くの巻物へ手をかけ、しんと俯く。 「これも縁かもしれない。あなたに全て話しましょう」  消えいるような笑みが浮かべてきた。長く長く背負ってきた重苦しい荷を、やっと下ろしたかのような。
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