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隣からは、小走りで飛び出る五尺ほどの姿。山吹小紋を着たスエだ。普段は吊り目の赤い瞳を、子猫のようにまん丸にさせ、茶けた縮れ髪の向こうに覗かせてきた。
「すごいな、キクリ! ここは空気が美味い、良い場所だ!
きっと山の物も良い味をしておろう。憐れではあるが、怪我の功名とも言えるな」
俺は訝しく瞼を重くさせ、頭をポンっと叩いた。
「……痛っ、何するんじゃ!」
「花見酒でもしてるような語気で言うな。まったく無邪気ってな、このことか」
スエはニヒッと笑みを浮かべて八重歯を見せる。
「ふむ。酒はいいな! 呑みたいと思っておったわ。
仕方なかろう。人間の生き死になんぞワシにとっては掌上の淡雪。こと、招いた因果を含めば尚更だ」
「だとしてもだ。望んだ因果じゃないんだから、そう揶揄うもんじゃねーよ。
前々より思っていたが、ちっとは品位ってやつ無いのかね。長く生きる身なんだろ」
「あははっそれを言うか、神流れをしたワシに」
ああいえばこう言う。子供のようだ。しかしこいつは子供、まして人間に非ず。神という冠を剥ぎ取られた異形。その代償として、調和を乱す怪異を屠る存在。
スエは自らを往昔の因果と言う。俺はその赤い瞳を末摘花の色に見立て、スエと呼んでいるが。
「もいいから、変に混ぜっ返すな。宿、見つけに行くぞ」
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