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「これは恋人の想いを表現してるんでしょうか」
「いえ、恋人には限りません。親戚、友達、家族、さらには集落の仲間まで。ありとあらゆる大切な人を想う詩です」
「大切な人、ですか」
この村の住民から話を聞くと説得力がある。模範回答をもらったことで頭のもやもやがいくらか晴れた。
冷静になればより単純な疑問にも気付く。
「そういえば、何かご用でしたか?」
正座するすぐ側には杖もある。足が悪い中2階まで来るってことは理由があるのだろう。
「用は特にありません。ただ、客人にお茶の1つも出さないのは無礼かと思いましてな」
言われるまで頭に無かった。俺もぼけっとしてられない。
「すみません気付かなくて。今淹れます」
一瞬遅かった。無駄を省いた動きで犬洞さんがすっと先に立ち上がる。
「座ってなされ。老い先短いじじいにこれくらいのもてなしはさせて下さい」
考え得る中で1番強いカードを切ってきた。寿命を持ち出されては大人しく従うしかない。
「ではお言葉に甘えて」
座布団に座り直し、おじいちゃんのお茶淹れを眺める。
茶葉を備え付けのスプーンで1杯急須に入れる。保温ポットのお湯を注いで蓋を閉め3回転。ゆっくりと湯呑みに移すとお茶の香りが漂った。
動きの1つ1つが丁寧だ。実家でお茶を淹れるのは五十鈴くらいなもので全体的に雑だったから違いがよく分かる。
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