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「粗茶ですが」
お決まり台詞と共に目の前に差し出される湯呑み。因みに五十鈴の場合は『ん』『ほい』『茶』のどれかで渡してくる。
「ありがとうございます」
受け取る側の作法ってどうやるんだろう。器を眺めて回すのは抹茶だったか。
下手に真似ると恥をかきそうなので普通に頂く。両手でお茶を飲むなど生まれて初めてかもしれない。
「あ、美味しい」
一口飲んだ感想は自然と出た。
水か茶葉の違いか。お茶独特の苦味がまろやかで飲みやすい。水出しだったら一口で飲み干せる自信がある。
「お口に合ったようで何よりです」
座ったまま微動だにしないが目元は下がっている。自分にもじいちゃんがいたらこんな感じなんだろうかと考えてしまった。
最初の1杯を飲みを終えるとすぐに2杯目を注いでくれた。際限なくエンドレスで続く可能性があったので1度口を付けて止めておく。
しばしの沈黙が訪れた。
掛け時計の秒針の音が鮮明に聞こえる。向かい合っていると何か話をしなければと妙に落ち着かない。
世話になってることだし再度その礼を言おう。そう思った矢先、もう一泊する原因となったハイエースが脳裏に浮かんだ。
犬洞さんはこの事件や虎枯会長についてはどう思っているのだろう。静かに佇むその胸の内にどんな感情が渦巻いているかは知る由もない。
激しい憎悪か、はたまた見た目と違わぬ穏やかな白波か。俺だったら確実に前者に傾くだろうな。
どちらにせよ被害者にわざわざ訊く必要も無い。そう結論付け思考を打ち切ったところ犬洞さんはゆっくり口を開いた。
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