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「薄暗く沈む瞳の奥に先を見据えた光がある。つまりあなたは立ち上がった。重くへばりつく泥、または幾重にも巻かれた鎖を振り切り、駆け出した証拠です」
身に覚えがない、訳ではない。ただ全て的中しているとは言えない。
俺は犬洞さんと視線を合わせた。
「俺は人に救われました。1人だったら泥沼に沈んだままです」
古閑先生、S研の皆、五十鈴、ハカセ、師匠と身近な顔を思い浮かべる。
「その縁を大切にしなさい。決して自ら断ち切ってはいけません」
優しくも荘厳な物言いはまさに師範と呼ぶに相応しい。客人ではなく1人の人間として向き合ってくれていた。
「言われなくてもそのつもりです」
無意識に生意気な口を利いてしまった。謝罪する前に犬洞さんは満足そうに頷いていた。
「それでよいのです。……月雄にもこうなって欲しいものですが」
「犬洞君、ですか?」
犬洞さんの表情は沈んでいた。
「あの子は孫の中で最も難儀な性格をしています。不器用でありながら頑固者です」
俺の犬洞に対する印象とはだいぶかけ離れていた。
「とてもそんな風には見えませんけど」
「ええ、見えますまい。あの子の心の底、ある種基盤になっているところですから。本人すら自覚しているのか怪しいものです」
流石に心の底までは読み取れない。それも本人に自覚無しとくればお手上げだった。
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