08_それぞれの思惑

42/46
前へ
/264ページ
次へ
 「月雄は持たざる者。故に夢を諦めざるを得なかった哀れな子です」  悲哀の声で孫について語る。  「彼はどんな夢を?」  「犬洞流拳術の継承……そこまではいかなくとも兄に並び立てるくらいは強くなりたかったはずです」  兄の月彦師範代。雰囲気だけでも伝わる圧倒的強者。そこに肩を並べるのは並大抵のことではない。  「月彦は生まれつき武の才覚に恵まれていました。教えの急所を読み取る勘の良さ、備わった剛力、慢心しない心。歴代の門下生の中でも実力は随一でしょう」  長い年月の中で多くの人を見て来た老人にここまで言わせるなんて。どれだけ月彦師範代が優れているのかが分かる。  それと同時に一緒に育った犬洞がどんな思いをして来たのか想像出来てしまう。  「私と息子は優劣を付けないよう2人を同じように指導しました。それでも成果は火を見るより明らかです。それを誰よりも感じていたのは月雄本人でした」  犬洞さんの息子。亡くなった犬洞の父親だ。  「月雄は努力を続けました。我々指導者も感心するほどの苛烈な努力です」  犬洞は正しい努力をしたのだろう。犬洞さんからは誇りすら感じられる。  「ですが、現実は非常でした。練習で培った技は中々身に付かず、その間に兄は瞬く間に成長していく。悔しさ故に涙する姿も度々見かけました」  まるで過去の自分を見ているようだ。一向に魔術を扱えず、同期に差を付けられる苦い記憶が蘇る。
/264ページ

最初のコメントを投稿しよう!

13人が本棚に入れています
本棚に追加