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「師範代?」
振り向いた先には悲しい目をした師範代の姿。その手には折れた鍬の柄が握られている。
「嫌だなぁ、何の冗談すか?そうだ、ここにお宝眠ってるとか?」
明るく振る舞い、道化を演じる。そして何かの間違いであることをひたすら願った。
「すまない。本当にすまない」
繰り返す謝罪はどの行為に向いてるのか。作った笑顔も次第に形を失っていく。
「訳が分かんねぇ。ちゃんと理由を説明して下さいよ」
「すまない。こうするしかないんだ」
許しを請うような悲痛な面持ちで鍬の柄を振り上げる。
状況は理解出来ないが、それでも狭い倉庫内ではいずれぶちのめされてしまう。
左手を伸ばすその先には鉄製の棚。磁力の力で押しやり脆くなった土壁を突き破る。
避難経路を確保して飛び込む。また俺がいた場所で木がへし折れるのを聞いた。
外に出ても倉庫と同じ。月明かりとは質の異なる夢の中のようなモノクロの世界が続いている。
風に揺れ葉が擦れる音も喧しかった虫も蛙も消えてしまった無音の世界。
唯一聞こえるのは倉庫から出てきた師範代の足音だけだ。
「触れずとも物を動かす。君も特別な力を持つ人間なんだね」
驚いている様子はない。目の前で起きた現象をそのまま飲み込む。
「師範代こそ。ここ過放次元でしょ?一体何もんだよ」
過放次元という言葉にぴくりと眉を動かす。
矢浪さんや姉さん曰く、俺達が進まずただ放置された別次元の世界。可能性の数だけ無限に存在する世界の裏側。
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