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「いい目だ。君を指導した甲斐があったよ」
俺だって師範代に鍛えてもらったのを誇りに思う。
この村を襲う悲劇が無ければ、こうして敵対することもなかった。それが残念でならない。
「せめてもの恩返しだ。教わった技術でてめぇをぶっ飛ばす」
俺の覚悟を師範代は真剣な眼差しで受け取った。
「うん。僕も本気でいこう」
ゆっくりと眼鏡を外し、何の躊躇いもなく右手で握り潰す。
粉々になった残骸は粉雪のように地面に降りかかった。
異常な行動を前に、これが驚愕のピークではないことを思い知る。
師範代の体が震え出す。
上半身がみるみる膨れ上がり、膨張の波は全身へと広がっていく。
道着の上半分を破り去ったのは漆黒の体毛。人間のそれとは明らかに異なる毛並みは露出した肌全てを覆った。
変化はそれだけに留まらない。鼻と口は前方に伸び、尖った耳は上を向き頭頂部へと上がっていく。
指先からは鋭利な爪が飛び出し、感覚を確かめるように固く握る。
その姿は既に人ではない。
野生味溢れる狼の顔が不敵に笑った。
「驚いたかい?」
声は師範代そのもの。
「『人狼』。これが僕の本当の姿だ」
種族名には馴染みがある。
2足歩行の狼。人間的なフォルムは童話に出てくる悪役の狼や子供の時読んだ狼男を想起させる。
ただ俺だって普通の人間としてこれまで生きてない。奇想天外な人間の枠を飛び出した存在に対する免疫はここ最近でさらに鍛えられている。
頭を整理し切れないのは師範代の口から明確に否定されたからだ。
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