エンジェルインストール

11/12
前へ
/12ページ
次へ
 少女は蘇芳を驚きの目で見つめていた。  何か普通でないものを視ている目だった。  この娘は常人よりも霊子感応性が高いようだ。  蘇芳は自分以外の能力者に会ったことがない。だから、少女の適性がどれほどのものか測りようがない。それでも自分と近い種類の存在だと思ったし、救いたいという気持ちはよりいっそう高まった。    蘇芳は少女の携帯端末を走査し、確かにその中に霊子モジュールと呼べるものがあるのを感じとった。試してみたが、破壊はできない。おそらく端末を物理的に破壊しても、モジュールの霊子構造だけは残るだろう。  こういう技術が存在することを蘇芳は知らなかった。  端末はアメリカのメーカーのものだが、こういう製品は数か国の分業で作られる。製造の過程のどこで何者が霊子モジュールを仕込んだのか、蘇芳の技術と知識では探れなかった。  アプリ——エンジェルインストール。  それが霊子モジュールとかかわっていることは分かった。  電子のネットワークと霊子のウェブ。その両方を駆使して子供たちの霊子構造体をハックし、霊子構造を上書きすることで子供たちを天使に変える。  これはそういうウィルスだ。    蘇芳はあらゆる手段を使って削除を試みたが、エンジェルインストールは頑強だった。アンインストールや端末の初期化すら許さず、タッチスクリーン上に常駐して、「あなたの残り時間」をカウントダウンし続けている。   「お願いがあるの」 「私のケータイに何してるの?」  蘇芳と少女は、ほとんど同時に発声した。  蘇芳は少女の声音の硬さに気づき、ぞっとした。  融和的に見えた少女の態度は、敵意をはらんだものに一変していた。  蘇芳はそこでようやく自分のミスに気づいた。  ことを急ぐあまり、この年頃の少女にとって携帯端末がどれほど重要なものか、見誤っていた。 「お願い、聞いて…… 蘇芳は早口でまくし立てた。  エンジェルインストールが危険なアプリであること。  多くの子供たちが身体を乗っ取られ、そのために蘇芳の仲間が犠牲になったこと。  ディスプレイに表示されている「あなたの残り時間」は、ユーザーが天使を利用できる残り時間ではなく、文字通り、ユーザー自身の自我が消滅するまでのカウントダウンであること……    ——少女は不意に蘇芳の腕に噛みつき、携帯端末を奪い取った。  タッチスクリーンに素早く指を走らせ、 「嘘つき!」  そう叫んだ。 「みんないるよ! 陸くんも、かなでも、えりかも、みんないつもどおりじゃない!」 「それはそう見せかけているだけ! 天使になったおともだちはもういないの! お願い、端末を破壊して。電子レンジに放り込むだけでいい! あなたを守る手段は、もうそれしか……  ——ダメだ。  少女は激怒していた。  端末を大事そうに枕元におくと、蘇芳に詰め寄り、ものも言わずに窓の外に向かって突き飛ばした。    蘇芳は体に力を入れて踏みとどまろうとした。しかし、一瞬遅れて衝撃波のようなものが襲いかかる。  少女が強力な能力者であることに、蘇芳はこのとき初めて気づいた。  視界が揺れた。  空が見えた。そう思った瞬間、後頭部と背中に激しい痛みが襲いかかった。  ブラックアウト。  彼女の身体は、血しぶきを上げながらアスファルトの上で跳ねた……                              
/12ページ

最初のコメントを投稿しよう!

11人が本棚に入れています
本棚に追加