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日の落ちかけた住宅街。ウィンドゥをスモークで覆われたワゴンが探るような速度で走っている。座席が取り除かれ、身動きもできないほど霊子機器がびっしりと詰め込まれたその後部で、膝の上に広げたノートpcのモニターを見つめながら、山南が言った。
「今のは近いな。たぶん、そのへんの路上だ」
モニタ上にはびっしりと数字がうごめいている。グラフなどに加工されていない、センサーが返してくる生の数値だ。
「路上ですか?」
運転席の西村が問い返す。
「ああ。動いているが遅いな。何だろう、通常の歩行速度ほども動いていない。動物か?」
「おそらく、子供」
助手席の女、蘇芳が言う。彼女はそう言いながら、膝の上でライフルめいたものをもてあそんでいる。
「確かに下校時間だから、子供の確率は高いでしょうけど」と、西村。
「蘇芳、何か見えないか」
「さっき、一瞬だけ同期した。小学生ぐらいの女の子。クラスメイトのことと、何か、スマホのアプリみたいなもののことを考えていた。今は霊子ノイズが濃くて捉えられない」
「そうか、子供かぁ」
山南がそう言い、西村が聞きとがめる。
「今はまだ、データをとりはじめたばかりだ。予断をいれるような段階じゃないぞ」
半年ほど前から、爆発事故と呼べるほどの規模の霊子線の放射が観測されるようになった。怨霊や地縛霊と呼ばれるような、時間をかけて形成された霊子構造体の位置は彼らも把握していたが、この新しい現象は、常にそれらとは無関係の座標で生じていた。
規模においても頻度においても前例のない、原因不明の霊子爆発。
災害、あるいは戦争と呼べるほどのレベルの霊子的擾乱が続いているにもかかわらず、それと関連付けられるようないかなる被害も報告されていない。
彼ら、霊子科学研究所のエージェントにとって、未経験の事態だった。
「捕捉した!」
蘇芳と呼ばれていた女が、助手席で不意に言った。
「正面、オレンジの屋根の民家。今二階にいる。あの子で間違いない」
「通行人いません。撃ちますか」
「許可する」
蘇芳は助手席の窓を開けた。銃を構えながら身を乗り出し、子供部屋の窓に照準、即座にトリガーを絞った。
銃声はなかった。
放たれた飛翔体は、かすかな音をたてて窓ガラスに付着した。
霊子トランスミッター。
屋内の状況を監視盗聴するための装置だった。
三人をのせたワゴンはにわかに速度をあげてその場を離れた。
太陽は遠い山影に沈もうとしていた。
長い影が、街を覆おうとしていた。
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