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「でしょでしょ! 私、すごいんだから! 尊敬してもいいのよ?」
「それは無理です」
「無理かぁ。まぁ上がって」
主は、またレジ袋をぶら下げたまま、つっかけを脱ぎ捨ててスリッパに履き替える。俺もそれに続き、灯りをつけながら奥に向かう主についていく。主は診察室の灯りをつけてデスクにあった箱を俺に手渡す。
「デザインはこだわったよ。見てみ」
俺は箱を開けるとそこには俺の夢の宝石が青いチェーンに繋がれペンダントとなっていた。
「へぇ。いい感じになってますね。これってやっぱり額にあてると満員電車の夢を見ちゃうんですか?」
「それはないよ。表面をコーティングしてるから、悪夢をばら撒くことはない。そのへんはちゃんと考えてるって」
「なるほど。杞憂か」
「そうそう。私、すごいんだから。尊敬してもいいのよ?」
「それは無理です」
アクセサリー屋としての腕も良いのだろう。小洒落たデザインだ。俺はペンダントを首から下げてみる。悪い気はしない。
「おお。似合う似合う! やっぱりさ、例え悪夢であっても夢の宝石は本人が身につけるのが一番似合うねぇ」
「人様の夢の宝石を売って儲けてる人が言います?」
「それはそれ。これはこれ。商売と無料奉仕は一緒くたにはできませんからねぇ」
主のキャラももう許せる気がする。ここまで悪びれないとこれもありかと清々しく思ってしまう。
「一つ質問いいですか?」
「はいはい。何でも聞いて」
「悪夢じゃない夢も引っこ抜けるんですか?」
「引っこ抜けるよ。たまにそういう人もいる。幸せな夢でもね、もう見たくないって人もいるから。そういう人も同じ夢を何回も見てるんだけどね」
「へぇ。先生のお父さんはなんでそんなことをしようと思ったんですかね?」
「ふふふ。それはね、私の夢を引っこ抜くためだよ。可愛い娘のためさ」
「自分で可愛いって言います?」
「自己肯定感は大事だよ。私が可愛かったから、今の私がある」
「素敵なお父さんだったんですね」
「おうよ。親父の話聞いていくか? 酒代は徴収するけどな」
「遠慮します。でももしまた夢のことで困ったら伺います。周りにも教えます」
「来るのは構わないが教えなくていい。こっちが忙しくなると本業が疎かになるからな。適当に古書店あたりを一緒にうろついてやれ。気づいたら来ればいいし、気づかなかったら自力でなんとかしてもらえ。こっちは商売じゃないからな」
「適当ですね」
「おうよ。見りゃ分かるだろ?」
「ええ。見れば分かります」
「まあそういうこった。私はこれから酒をかっ食らうからさあ帰った帰った」
主に今度は深々と頭を下げる。
「ありがとうございました。縁があったらまたいつか」
頭をあげると主はまたひらひらと手を振っている。
そのまま、外に出ると日はまだ暮れていなかった。久しぶりに夕闇が美しいと思った。人の雑踏が賑やかだと思った。夜風が気持ちいいと思った。
歩くと夢の宝石のペンダントがゆらゆらと揺れる。一生手放さないようにしよう。これは努力家の証明だというなら辛いときが来たら励みになる。
悪夢は宝石となりお守りとなり側にある。これからずっと。
了
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