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言われるままにシャツのボタンを外し、腹と胸を晒す。聴診器のひやりとした感触が肌に触れた瞬間、目の前の光景が変わる。満員電車の中、両手で吊り革を掴み、充満する匂いと効きすぎるエアコンの風。毎晩見てしまう夢そのものだった。
まさか起きて夢を見てしまうとは。呆然としているとまた見える光景が変わる。
聴診器を外した夢整堂の主が俺の顔を見ていた。
「分かりました」
「え? 何が?」
「あなたの言う悪夢が満員電車に揺られる夢だと言うことを」
確かにその通りだが、一体何があったのか皆目見当もつかず、何を返せばいいかも分からない。
「まぁそんな不思議そうな顔しないで。実はこの聴診器は普通の聴診器じゃないんだよね。人の夢を覗ける一風変わった聴診器なんだよね。親父の形見でもあるけど、本当にどこで見つけてきたんだか」
「そんなことが……可能なんですか?」
「可能なのを今見せたはずだけど?」
どうやら俺は不可思議な場所に足を踏み入れたらしい。だが、夢を整えるというのも信じられるかも知れない。
「治療はできますか? 料金は? まだ社会人になったばかりだから、あんまり高額だと」
「治療はできます。料金はいりません。どうせ道楽でやってることだから。まぁ人様の夢を覗くことができるし、それなりに楽しませてもらってるから」
悪趣味だ。素直にそう思うが口にはしない。言ったところで意味はない。
「通院になりますか?」
「それも必要ない。今ここで治すので。それでもまだ同じ夢を見るなら再度来てください。予約も料金もいりません」
「よろしくお願いします……」
だらしない人だと思ったが、この人の言葉が胸を刺す。あまりに陳腐過ぎて誰にも相談できずに、解決策も思いつかなかった状態をなんとかしてみせるというその言葉だけで救われた気がした。夢を整えるとはどういう処置をするかは分からないが任せてみても構わない。駄目でもともとなのだから。
「では目を瞑ってリラックスしてください」
言われるままに目を瞑る。
「額に機材をあてます。少しひやりとしますが痛くはありませんからね」
額に何かがあてられる。そのひやりとした感触は鉄やアルミのような材質なのだろう。
「では、夢を引っこ抜きます」
え? と思った瞬間、まぶたの裏に今までの人生が走馬灯のように流れる。まさか死ぬのかと一瞬思ったが痛みも息苦しさもない。まぶたの裏の走馬灯も次第にゆっくり流れるようになり、最後の映像はさっきまでいた古書店の映像だった。そこからプツンと映像は消えて、まぶたの裏の暗さだけが見えた。
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