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ホームセンターのカラフルなジャンパーを着て、大塚遼は野菜の苗に水を撒いていた。
元々植木が好きだったこともあり、ホームセンターの園芸コーナーのバイトを見つけた時は、飛び上がるほど嬉しかったのを覚えている。だから平日は大学が終わってからの遅番、土日はいつも閉店までシフトを入れていた。
毎日大変なこともあるけれど、ここに来ることを楽しみにしながらバイトに励んでいた。ただ今日ばかりはそうもいかず、肩を落としてため息をつく。それでもたくさんの植物に囲まれていることで、なんとか憂鬱な気分を紛らわせていた。
空を見上げれば、今にも雨が降り出しそうな黒い雲が風に流れていて、まるで自分の想いを映し出しているかのようだった。
今日はきっと月なんか見えないだろうな……。そう、雨夜の月だ。彼女の気持ちと同じだな……俺には理解することは難しいんだ。
『君ってさ、本当に彼氏が一番だよね。他の男には絶対に心を開かないって感じがする。もう少し視野を広げてみる気はないの? 世の中にはいろんな人がいるんだよ』
思い出すだけで、後悔の念ばかりが押し寄せる。彼女は怒り、タイミング良く現れた彼氏の胸に飛び込んで行ってしまった。
だってあの子が彼氏のことしか見てないから……もっと君を好きな子が周りにいるんだって教えたかったんだ……。そうだよ、ただの嫉妬。そんなのわかってる……。
遼はホースの水を止め、次は苗木のコーナーへと移動しようとした時だった。
「あのっ……!」
声がした方を振り返ると、今時珍しく三つ編みをした赤縁メガネの真面目そうな女の子が、今にも泣き出しそうな顔で遼を見ていた。
「あの……教えてください! これってやり方間違えてますか⁈」
女の子は手に持っていたビニール袋の中からガラスの瓶を取り出す。蓋がしっかりしてしまっていたが、中には大きな黒くて丸いものが浮かんでいた。それを見た遼は、思わず絶句する。
「これってもしかして……」
「アボカドの種です! 水耕栽培が出来るって聞いたから、こうして水に浮かべてるのに、全然芽が出ないんです! うっ……うわ〜ん!」
突然泣き出したものだから、遼はどうしていいのかわからずあたふたする。
「お、お客様、これっていつから水に浸けてるんですか?」
「……五日間です……し、失恋してから五日ですから……うわ〜ん!」
瓶を持ったまま泣き続ける女の子に、遼はうんざりしたようにため息をついた。
泣きたいのは俺だって同じだよ……俺だって失恋確定なんだからさ。
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