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12分前
敏子と勇斗は、スーパーに入ると直ぐに買い物かごを台車に乗せ、入り口正面の野菜コーナーへと進んだ。買い物導線に抗うことなく、店側の思惑通りの順路を進む。一週間分の食材を手際良くポイポイと籠へ入れていく敏子。魚コーナーを通過し、精肉コーナーへ差し掛かると、さいころステーキの試食をやっていた。
「母さん、試食やってる」
「良い匂いね」
「小さいころ、良く食べたなぁ」
「そうよ。勇斗ちゃん、買い物に付いてきた時は必ず食べていたね」
「久しぶりに、一つ貰っていこうかな」
「食べるだけでは申し訳ないから、試食したら一パックだけお肉持ってきてね。お母さん、先に行っているから」そう言って、敏子は一人で行ってしまった。
勇斗が試食コーナーに目を遣ると、明るく元気は良いが、ちゃんと食べているのか心配になるほど細い腕のおばさんが、小さなテーブルの上の一人用ホットプレートで手際良く肉を焼いている。香ばしい煙が鼻を擽る。
テーブルの前には、小学校低学年くらいの子供たちが行儀よく列を作り、腹を空かせた雛鳥のように上を見上げ、おばさんの調理の様子を屈託のない瞳で見つめていた。勇斗はその列の最後尾に並んだ。勇斗の瞳もまた、屈託が無かった。
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